咎狗の血

□今日の夕飯はソリド
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軽く肌寒さを感じ、目が覚める。
まだ深夜らしく、月明かりがカーテンの隙間から射し込んでいた。

いつもの癖で、隣を探ってしまう自分にアキラは溜め息を吐いた。

そうだ、今夜はケイスケはいないんだ。と頭の中で反芻させる。

(前は一人暮らしだったくせに、まさか……淋しいだなんて、まさかな…)

自分で考えておいて、馬鹿らしいと判断したアキラは、改めて床に着いた。

ケイスケは、この前日の 日、仕事の都合で工場長に連れられて旧CFC側の地に赴いていた。
工場一の力持ちと評されているだけあってか、その理由でケイスケが駆り出されたらしい。
距離の問題から一泊してくる話だった。










透き通るような雲一つとないかんかん照りの青空。
アキラは虚ろな目で能天気な空を眺めていた。

仕事が身に入らず、鉄材を運ぶ台車をぶつけ今日幾度目かの派手な音を響かせた。

いつもは工場長の怒鳴り声が飛んでくるのに辺りは他の職場仲間の笑い声しか聞こえない。
いつもはすぐにケイスケが近寄ってくるのにそんな気配はない。

まだ帰ってきていないのだ。

「アキラまーたやってんのかよ」

職場仲間の一人が自身の作業をしながら、アキラに声を掛けた。

「あーすいませーん…」

気のない返事。
アキラには珍しい態度にその場の全員が顔を見合わせた。



漸く帰宅して、アキラは畳に沈んだ。
大した働きはしてないはずなのにいつもより疲れた気がする。

ただでさえ苦手な料理を作る気になれず、買い貯めていたソリドをいくつか引っ張り出した。

ソリドを一口かじって目を閉じる。
思い出してみれば、最近夕飯はケイスケの手料理ばかり口にしていた。

最初は要領が悪いと思っていたはずのケイスケが自分より料理が上手だったことに軽く嫉妬を覚えていたが今はそんなことどうでもよくなっていた。
ケイスケが自分のために作ってくれることに素直に嬉しかった。



ただ、1日2日顔を見ないだけでここまで淋しいなんて、思いもしなかった。


(…いやいや、俺がそんなまさか………)

自分の内に生まれた感情を振り払うかのようにアキラは唸りながら頭を抱えた。









ケイスケが帰ってこない何回目かの朝。

とうとうアキラの元気のなさはピークに達した。

予定通りであればとっくに帰ってきているはずだ。
なのにその気配はおろか連絡すら入ってこない。

アキラの心の内に巣くう焦燥感は、かつて、あの悪夢の街でのあの出来事を思い出させた。
アキラとケイスケの運命を変えた、あの悲劇。


そんなことを知らない職場仲間には、本来鉄を潰す機械につなぎの裾を潰され、それでも気付かず明後日の方向を見るアキラの異様な姿しか目に入らなかった。

しばらく経って痺れを切らせた仲間に、休憩を勧められる。
アキラは萎れたまま素直に従った。



アキラは休憩室に着くと、途端にソファーに倒れ込んだ。

「…………ケイスケ…」

何故だか無性に名を呼ばずにはいられなかった。

(…弱くなったな、俺…)

憂えるように自嘲の笑みを浮かべる。

(ケイスケ、お前は何処にいるんだ…?)

「…ケイスケ」

「呼んだ?」

心臓が跳ねた。
ソファーの背凭れ越しに顔を覗かせたのは間違いの無く待ち詫びていたその人。

驚きと譫言を聞かれていたという羞恥にアキラは顔を赤くさせた。

「?どうしたのアキラ、具合でも悪い?」

アキラとは一転、あっけらかんとした態度で、ケイスケはアキラの頬を撫でた。

「お、お前いつの間に…」
「今。やっと帰ってこれたんだよ」

穏やかに微笑むケイスケに、顔が赤いと指摘され、アキラはカッとなった。
腕を振り上げたアキラを見て、ケイスケは怯んだ。

しかし、その手は力なく垂れ下がり、ケイスケの胸元の服を掴んだ。

「アキラ、遅くなってごめん。あっちの方台風がきてて、しかも連絡が取れなくて…」

「………わかったからもう黙れ」

ケイスケの首に頭を凭らせながら言葉を遮った。

「アキラ?」

「……………」

無言のまま微動だにしないアキラを見て、ケイスケは腕を回して背中を撫でた。

「心配してくれてた?」

「当たり前だ」

フイっと顔を反らすアキラ。
いつもより素直な反応をするアキラにケイスケは嬉しくなった。

「アキラ」

名前を呼ぶと、アキラは小さく顔を上げて、遠慮がちにケイスケを見つめた。
それと同時にケイスケはアキラの唇に己のそれを重ねた。

「ただいま」

心のままに頬を緩め囁くと、アキラは真っ赤に強張った顔を安堵の表情に崩した。

「……おかえり」








甘い甘い戯れが、途中で休憩室に入ってきた工場長にばっちり見られたことは言うまでもない。



→あとがき
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