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□夜の薔薇
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「だから、なんですか?」
月の綺麗な夜。
「何、といわれると・・・・まぁ、お誘い?」
開け放たれた窓から入る風は、肌に心地よい。
「結構です」
閉めたくはないが、これ以上開けていてもあまりいいことはなさそうだった。
夜風が気持ち言いという理由で開け放していた窓。
それは、現在進行形で、彼女にある種の被害をもたらしていた。
「つれないな」
「深夜に、女性の部屋の、3階のバルコニーにいる男の人に、優しくする方が無理です」
聞き取ってもらえるように、意思が伝わるように、一言一言を区切ってゆっくりと話す。
けれど、動じることはなくニコニコと笑っている男。
窓辺に頬杖をつき、彼女を見つめるまなざしは優しい以外の何物でもない。
「じゃあ、これだけでも」
差し出されたのは、一輪の薔薇。夜の闇の中で輝く、白い薔薇。
「大丈夫。棘はないから」
ご丁寧にも紙で綺麗に包まれているそれを差し出され、しばし笑顔の彼と花とを交互に眺める。
「どうして、薔薇なんですか?」
「・・・・綺麗だったから?」
疑問系に疑問系で返される言葉。
その言葉を聞いて、大きくため息をつく。
「花ぐらいはいいだろう?受け取ってくれても」
花に罪はない、とでもいうように微笑む男。
確かにそうなのだが。
罪はないのかもしれないが、そういう問題ではなく、受け取る気になれないということをどう説明したら良いのかと考える。
「だめ?」
「・・・・よくはない、かと」
受け取ると、何かが変わる気がするのだ。
「じゃあ、捨てる?」
「・・・・・・」
単純な質問。
けれど、そういわれるともったいないような惜しいような、申し訳ないような(あくまで花に対して)気がする。
それが、彼の作戦なのかもしれないが。
「・・・・・」
おずおずと、それを受け取る。
ふわりと香る、薔薇の香り。
「気に入ってもらえたみたいだな」
「・・・・」
頷きはしなかったが、恐らく態度でばれているだろうとは思っていた。
「じゃあ、俺はこれで」
「・・・・え?」
「え?」
驚きの声に返されたのは、意外そうな声。
まるで何かを期待しているかのような言葉に、思わず手で口をふさぐ。
そんな彼女を、意外そうに見ている男。
「・・・・・」
「・・・・・?」
微妙な沈黙が二人を包む。
彼女としては、決して引き止めたかったとかそういうわけではない。
あまりにも素直に引き下がった彼の、その態度が意外だっただけなのだ。
「ま、今日はいいか」
「え?」
そっと手が伸ばされて、くしゃりと髪が撫でられる。
びくりと身を震わせるが、優しく暖かい手の動きに、ゆっくりと顔を上げる。
「それじゃ」
ふわりとバルコニーの手すりの向こうへ消える彼を見送り、そして手にした薔薇を見る。
嫌だったはずなのに。
離れていく手を、少しだけ寂しいと感じた。
そんなことは口には出さないが、もしかしたらカンのいい彼にはばれていたかもしれない。
「花・・・・水につけないとだめかな?」
ぱたりと窓を閉める。
しっかりと鍵をかけて、カーテンをもしめる。
すでにその扉を閉めることに、意味はないのかもしれない。
けれど・・・・。

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