本3
□うたの物語
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第1フレーズ
赤レンガの街並みを、灰色の雲が覆っている。
普段はからっとした太陽の輝く港町クーラントも、突然の雨に人々が走り回っていた。
「こんな降るって聞いてないよー」
アリオーソは買った食材を抱えて人の間をぬうように家路を急いでいた。
長い金髪とスカートをひるがえしながら、港へ続く最後の角を曲がろうとしたとき、向こうから来た人と正面でぶつかってしまった。
紙袋から、赤い果物が転がり落ちた。
「ああっ」
アリオーソが慌てて拾い集めていると、ぶつかった相手も手伝ってくれた。
「すみません。ありがとうございます。」
ふと顔を上げると、その相手と目があった。
相手はまだ少年だった。
マント付のフードを目深にかぶり、だいぶ雨に濡れていた。
「こんなに濡れて寒くありませんか?わたしの家がここの近くなんです。さきほどのお詫びと言ってはなんですが、寄っていってください!」
少女は半ば強引に少年の手をつかむと、引っ張って歩き出した。
引っ張られる方は何も言わず、なされるがままについていった。
数分足早に進むと、『アリア』と看板の下がっているお店についた。
「ただいま!おばさん、タオルください。あと、温かい飲み物も。」
そう言うと、カウンターからかっぷくのいい女性が急いで出てきた。
「おかえり、アリオーソ。まぁまぁこんなに濡れちまって。そちらは?」
「さっき、角でぶつかってしまったの。それでいてびしょ濡れになっているから、お詫びのついでに雨宿りさせてあげられないかと思って・・・ダメかしら?」
「そういうことなら、別にかまわないけどねぇ。お客さん、とりあえず、その濡れたマントをお脱ぎなさいな。こちらで乾かそう。」
そこで今まで黙っていた少年がようやく口を開いた。
「いえ・・・わたしはすぐに去りますので・・・」
「まだ降っていますよ。遠慮しないで、休んでいってください。」
「いや・・・」
「ほら、この椅子に座って。」
「だから・・・」
「アリオーソ、そのへんにおしよ。」
おばが止めるのも聞かず、強引に座らせようとマントを引っ張ったはずみで、フードがとれてしまった。
その瞬間、おばの目が見開かれた。
「その赤髪は・・・」
やや長めにそろえられた少年の髪は、赤かった。
少年は鋭くにらむと、再びフードをかぶりなおした。
アリオーソはやっと自分が何かまずいことをしたらしいことに気がつき、その場でおろおろして2人の顔を見比べた。
おばはアリオーソの肩をひきよせると、さきほどより固い声で言った。
「ここにはもうすぐ漁師たちがやってきて、人でいっぱいになる。おまえさんは帰った方がいい。」
「最初からそのつもりだ。」
少年は短くそう言うと、きびすを返して雨の中に出て行った。