短編
□おんがく
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周りには絶望しかなかった。
倒壊した建物。
荒れ果てた道路。
雑草さえも枯れ、空は曇天のまま時間が止まったよう。
人々は立ち上がる気力もなく、壁にもたれ座り込む者や地面に突っ伏すものであふれていた。
少年もまた、他の人間と同じようにからっぽの頭と心のまま、全てを投げ出した心地でうずくまっていた。
ふと、隣にうごめく気配がした。
顔を上げてみると、1人の少女が凛としたたたずまいで立っていた。
周りの者が地を見つめることしかできないでいる中、少女だけが空を見上げていた。
そして少女はまるで自分に言い聞かせるかのように独り言を言った。
「わたしの中には音楽がある。今まで聴いて、奏でてきた音楽が、わたしの中をめぐっている。」
少年はわけもわからず少女を見つめていた。
独り言はさらにこう続いた。
「わたしが音楽からもらってきたものを、還す時がきた。」
少女は1歩踏み出した。
それは、地に着かず宙に浮いた。
もう1歩、さらにもう1歩も地に着くことはなかった。
まるで、見えない透明な階段を上っていくかのように、少女は空へ向かっていった。
どうやら上りきったところで振り返ると、少年と目があった。
少女は少し目を見開いた後、唇だけ動かした。
『聴いて』
そのとたん、どこからともなく音楽があふれだした。
それは少年も耳にしたことのある有名なクラシックの曲だった。
その音楽は恵みの雨のように地に降り注ぎ、静かな波紋となって広がった。
クラシックが終わると、次はJ-popが流れてきた。
次々と少女の身体から音楽が溢れだした。
勇気の曲もあった。
悲しい旋律もあった。
恋の歌もあった。
そのどれもが人々の心をうるおした。
誰もが座り込んだまま、ただひたすら涙を流した。
いったいどれくらい音楽を聴いていたのか、少女から溢れる曲はいつしか子守唄となっていた。
それは遠い幼いころに、誰もが聴いた優しいうた。
人々はまた1人、また1人と穏やかな眠りに身をゆだねた。
しかし、少年だけは眠るまいとしていた。
これが少女の最期の曲であると、なんとなく悟っていた。
泣き疲れているはずの身体をなんとか起こし、閉じようとするまぶたを必死に開けながら、少女の姿をこの目に留めようとしていた。
そんな少年に、少女は優しく微笑みかけた。
それが魔法の合図だったかのように、少年はその微笑みを最後に少年は安らかな寝息をたてはじめた。
子守唄は次第に小さくなっていき、少女の姿もゆっくりと薄れてゆく。
そして、淡い光となった。
だいぶ時間がたったころ、少年はゆっくりと目を開けた。
分厚い雲を押しのけるように、太陽が昇ってきていた。
他の人間もそれに呼応するかのように起き上ってきた。
少年も、誰も、先ほどの少女は覚えていない。
しかし、確かに彼らの中には、彼らの音楽が息づき始めていた。
人々は立ち上がって空を見上げた。
朝日が射し、優しい風が通り抜けた。