短編

□向こう側
1ページ/1ページ

「そこから先へ行ってはだめ。」


不意に後ろから呼び止められ、私はゆるゆると振り向いた。


私の真後ろには見知らぬ少女がいて、目が合うときっぱりとした物言いでもう一度言った。


「そこから先は、行ったらだめ。」


少女の瞳は美しかった。


私はそこから目をそらすとまた一歩踏み出そうとした。


すると少女が正面にきて通せんぼをした。


「だめったらだめ。あなたはまだ行くべき時じゃない。」


凛とした声が身体に染みる。


「……しかし、私は行きたいんだ。」


私の声はひどくかすれていた。


少女はふるふると首を振ってそこをどかなかった。


「あなたはまだだめ。行くべきなのは、わたし。」


少女は私の行きたい方へ一歩進んだ。


私は動けなくなっていた。


「な、ぜ………」


「あなたには見えないでしょう?」


少女は前方を示した。


「たくさんの人が、笑って手をふっているわ。どう?見える?」


私は見つめた。


ただの空間しかなかった。


そこにある景色。


少女は微笑んだ。


「あなたの時がきたら、わたしも迎えにきてあげる。だから、今は来ちゃだめだからね。」


「じゃあね」と言って少女は駆け出した。


可憐な姿はやがて見えなくなってしまった。





仕方ないので私は帰ることにした。





.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ