短編
□向こう側
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「そこから先へ行ってはだめ。」
不意に後ろから呼び止められ、私はゆるゆると振り向いた。
私の真後ろには見知らぬ少女がいて、目が合うときっぱりとした物言いでもう一度言った。
「そこから先は、行ったらだめ。」
少女の瞳は美しかった。
私はそこから目をそらすとまた一歩踏み出そうとした。
すると少女が正面にきて通せんぼをした。
「だめったらだめ。あなたはまだ行くべき時じゃない。」
凛とした声が身体に染みる。
「……しかし、私は行きたいんだ。」
私の声はひどくかすれていた。
少女はふるふると首を振ってそこをどかなかった。
「あなたはまだだめ。行くべきなのは、わたし。」
少女は私の行きたい方へ一歩進んだ。
私は動けなくなっていた。
「な、ぜ………」
「あなたには見えないでしょう?」
少女は前方を示した。
「たくさんの人が、笑って手をふっているわ。どう?見える?」
私は見つめた。
ただの空間しかなかった。
そこにある景色。
少女は微笑んだ。
「あなたの時がきたら、わたしも迎えにきてあげる。だから、今は来ちゃだめだからね。」
「じゃあね」と言って少女は駆け出した。
可憐な姿はやがて見えなくなってしまった。
仕方ないので私は帰ることにした。
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