ありますや
□就職
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「はぁぁ………またダメかぁ………。」
私、こと花井麻美は、大袈裟にため息をつきながら、とある会社の中から出てきた。
たった今、正社員採用試験を受けてきた、いや、正確に言えば、試験を受けようとして追い返されてきたのだ。
「そりゃあ、遅刻した私の方が悪いかもしれないけどさ、何もその場で失格にしなくても良いじゃない。」
そうブツブツ言いながら帰路につく私は、実は15才。
本当なら、高校生になっているはずだった。
が、父親を早くに亡くし、病弱な兄を抱える家庭では、母親がいくら頑張っても、それは叶わぬ夢だった。
という理由もあるけど、私はどちらかといえば勉強より運動が好きというタイプなので、これはこれで良かったと思っている。
「これで六回目っとぉ。」
電車に乗り、自分の手帳に書いてあるさっきの会社に横棒を引っ張った。
これまでも採用試験を受けてきたんだけど、どれも年端のいかない女の子に仕事を任せるのはちょっと、という理由で断られてきた。
「あ〜あ、どこかに私を受け入れてくれる優しい所はないのなぁ。」
私の家の最寄り駅につけば、時はもう夕暮れ。
人気のない道路をオレンジ色が照らす。
「目ぇつけた会社は全部ダメだったし。」
そう、さっきの会社が最後の頼みだったんだけど、電車が人身事故のせいで遅れ、さらに、駅から分かりにくい所にあったせいで遅刻してしまったのだ。
「仕事がほ〜し〜い〜っ!!」
私が大声で嘆いた時だった。
ふと、小ぢんまりとした可愛らしい、お店のような家を見つけた。
壁はベージュ、屋根は夕日のせいかもしれないが、オレンジ、二階建てで、四角い窓がついている。ドアは木材で、重々しそうだった。
そして、何よりも私の目を惹き付けたのは、ドアに貼ってある紙だった。
『正社員募集
面接あり 』
「ふぅん……」
そして、しばらく考えた後、お店のドアを開けた。
カランカラン
乾いた鐘の音が、お店の中に響いた。
「あのぉ〜こんにちは〜。」
真っ先に目に飛び込んできたのは、かわいい外見とは裏腹な、あちこちに物が乱雑している店内だった。
あそこに本があると思えば、隣には懐中電灯が転がって、観葉植物が真ん中にあったり端っこにあったり、棚は一応あるにはあるが、そこもいろいろな物でごったがえし……という何とも悲惨な光景だった。
やっぱり止めようか、と、引き返しかけた時、奥から人が出てきた。
「何か探しものか。」
その人は、いかにも頑固そうなおじいさんで、小柄で、丸い小さな眼鏡をかけ、その奥の目は鋭く光っていた。
もう、こうなったら出たとこ勝負だ、と思い、もう、何回も練習してきた自己紹介をした。
「は、初めまして。花井麻美と申します。
あの、表の張り紙を見て来たんですけど………」
「張り紙?」
おじいさんが首をかしげた。
「はい。ドアに貼ってあったやつです。」
「どこにある、それは。」
このおじいさんは少しボケてるんじゃないだろうかと思いながら、こっちです、と言ってドアを開けた。
張り紙はまだそこにあった。
「お願いします。ここで働かせてください!」
私は思いきって頭を下げた。
「わしはこれを貼っていない。」
「え?でも、ここにありますよ?」
やっぱりこの人ボケてるんだ。
止めようかな?
私は不安そうにおじいさんを見つめた。
「お前、『何かが欲しい』と、叫ばなかったか?ここの近くで。」
「あ、え〜と………叫びました。『仕事が欲しい』って……」
やや赤くなりながら言った。
おじいさんは、長く長く息を吐き出すと、
「少し説明が長くなるな。入れ。」
と言って、お店の中に入った。
「え?あ、はい。」
私も慌てて後に続いた。