リクエスト小噺

□マイナーチェンジ
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視力が落ちてきたという理由は本当だろうけど、このメガネのデザインは獄寺の拘りが感じられた。
獄寺は、こんなふうにメガネをかけたり髪をくくったりすることで、外見を少し変えることがある。
一言で言うと、おしゃれな奴だった。
その日の気分や服装の雰囲気で指輪やネックレスをつけることもある。そのうちピアスも空けたいと言っていた。
当然、服装にもこだわりがあるようで、何かの呪文みたいな名前の服が好きらしい。
最近は俺でも、獄寺が選びそうな服やそうでないものが分かるようになってきた。
それに引き換え俺は、箪笥の中は自然と似た色の地味な服が揃い、暑さ寒さでその日の服装を決めるくらいで、きっとおしゃれではない。
いま着ているこのパーカーだって、獄寺に何度見せているだろう。
何せ、パンツをズボンと言い、スニーカーを運動靴と言って、呆れられたこともあるくらいなのだ。
だけど、俺自身も獄寺みたいに着飾りたいかというと、それは少し違うつもりだった。
そんな服装や単語は自分に似合わないという感情がないでもなかったが、それ以上に俺は外見を装うことにまだ興味が湧かないのだ。

だけど、こんなふうに自分に似合う格好を見つけて追求する獄寺は、たまに俺を憧れさせる時があった。
いつも何も変わらない俺でも、もしかしたら些細なきっかけで垢抜けて見えるのだろうかと思う時があるのだ。
不特定多数の人間に振り返ってもらうまではいかなくても。
たったひとり獄寺に誉めてもらえれば、それはきっと俺にとって見栄えのいい姿である気がするのだ。

獄寺が、そのまま寝返りを打って眠り込む。
毛布に押しつけられる、華奢なメガネ。
このままじゃ変形してしまいそうだ。うん、きっとそう。
俺は自分に言い訳をして、ゆっくり静かに獄寺からメガネを外した。

レンズと金属から成り立っているはずのそれは、持ち上げてみると意外に軽かった。
「ふ━━━━ん」
小さなこどもがおもちゃの飛行機で遊ぶみたいに、俺は羽根のように軽い獄寺のメガネを宙で旋回させる。
途中、取り落としそうになって、レンズに指紋をつけてしまった。
俺は獄寺が起きないかハラハラしながら、レンズをこっそりパーカーで拭いた。
繊細だ。なんて繊細なんだメガネ。
ちゃんと磨いたメガネを両手で持って、俺は人知れず溜め息をつく。
その溜め息でレンズが曇って、俺はまたあわわわとなった。
これだけひとり大騒ぎしているのに起きない獄寺に、俺は変に感心した。

「…ごくでら」
俺はそっと獄寺の名前を呼んだ。起こすためではない。起きていないか確認するために。
獄寺も獄寺だけど、たったひとつのメガネにここまでいろんなことをやってみたい俺も俺かもしれない。
獄寺が熟睡していることが確認できると、俺はついにメガネをかけてみた。
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