リクエスト小噺

□マイナーチェンジ
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俺は視力が良い。
生まれつきというのもあるが、有名な野球選手から“選球眼が衰えないように暗闇で本は読まない”と聞いて、俺も倣って目を大切にしている。
だからきっとしばらくはメガネとは縁がないだろうし、
何より俺は“目が悪い”ということが感覚的に分からなかった。

「それってさあ、とったら何も見えなくなるの?」
ベッドを背もたれにしている獄寺と並んで、俺は獄寺のメガネを指す。
目が悪いと言いながら、獄寺は俺が買った漫画を夢中で読んでいた。

「何も見えなくなるって?」
ちょっと面倒臭そうに獄寺が顔を上げる。
いつもと違う顔が、俺をじっと眺めていた。

「だってメガネをかければ見えるんだろ。じゃ、メガネをかけてないと見えないってことなのか?」
その“見えない”状態が知りたい。
メガネをかけてないとものがよく見えない人間の視界は、どんなものなのだろう。暗闇なのだろうか。
それがメガネをかけた途端にこの鮮やかな世界が見えるのだとしたら、このメガネというものはもっと高値がついてもいいのではないだろうか。
そして、メガネの必要性がない俺がかけると、どうなるのだろう。

14年も生きてきて今さら誰にも聞けなかったことを、俺は獄寺に投げかける。
その間、獄寺は面食らったようにぽかんと俺を見ていた。
「おまえ、自分の知らないことには本当に天然だよな」
最後まで俺の話を聞いてくれた獄寺は、ちょっと感心したように、新しい見解だと呟いた。

結局、獄寺は“後で教えてやる”と俺に言った後、また漫画を読みだしてしまった。
俺はその間、ベッドでごろごろしたり音楽を聴いたりしていた。
でもやっぱり退屈で、改めて獄寺の顔を覗き込むと、獄寺は漫画を閉じて眠っていた。

「えええー?」
俺はちょっとがっかりしながらも、獄寺に毛布をかけてやる。
座ったままでは苦しそうだったので、ゆっくり静かに倒してやった。
だけど獄寺は起きることなく、毛布を引っ張り込んでブツブツ言っている。
俺は、獄寺の傍らにそっと寝そべって、獄寺の寝顔を覗き込んだ。

ふだん獄寺が起きているときに、獄寺を見つめることはほとんどない。
それは、なに見てんだと獄寺につっかかられるからというのもあるが、本当は獄寺を眺めるだけで俺が照れ臭くなってしまうからだった。
だからこういう時だけ、俺はこっそりと獄寺の顔を眺める。
メガネを支えている細い鼻筋から、かすかな寝息が聞こえる。
メガネのレンズに今にも当たりそうな、銀色の長い睫毛。
メガネのレンズで覆われた目許の輪郭だけが、他のものよりもずれて見えて、
やっぱりこのメガネは度が入っているんだなあと改めて思った。
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