リクエスト小噺

□ANIMAL LIFE
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がっついて誘わなくて良かった。
山本曰くおかき味のクチでセックスしようなんて言ったら、もう萎えるしかない。
まさか、自分のクチからそんな臭いがしているなんて、気づかなかった。食べた後に、ちゃんと日本茶も飲んだのに。おかしい。
というか。それにしても。
俺がどんな風に誘おうか考えてるときに、こいつは俺が煎餅を食べてるところを想像していたのだ。
これは山本的にはオッケーかもしれないが、口臭やら体裁やらがいろいろ気になる思春期の男子としてはかなり屈辱だったりする。
俺の中で、妙な怒りがふつふつと湧いてくる。
ああ食ったよ。めちゃめちゃ食ったよ。
つうか、おまえが寄り道せずに帰ってりゃ煎餅も食わなかったしさっさとヤれたっつーの。
それをなに?おまえは、そんな俺をかわいいと嗤うか。

「…もういい」
逆ギレした俺は、山本を押しやって起き上がる。
「え?」
まだ俺の心情が読めず笑っている山本が、どうしたのと俺の顔を見る。
そんな山本をすり抜けて、俺は山本の部屋の扉に向かった。
途中、さよならとばかりに床に転がっている山本のカバンを蹴る。
「あっ、なにすんだよー」
山本が、困ったように声を上げた、そのとき。

山本のカバンから、中身が絨毯にぶちまけられて。
薄くて四角いケースが、俺たちの間で止まった。
「……あ」
ふたりの声が重なる。
そんな俺たちを、ケースの中から服を脱いだ女が微笑んでいた。

「…なんだこれ」
俺が拾い上げる前に、山本が素早く自分の背後に隠した。
さっきの写真とその態度で、明らかに分かる。
俺が睨みつけると、山本は下を向いたまま何も言わなかった。
言い訳しない潔さは嫌いじゃない。
だけど、それを併せ持つ狡さは大嫌いだった。

「勝手にすれば」
どういう意味か自分でも分からなかったが、俺はそれだけしか言えなくて、そのまま山本の家を出た。
山本の足音は、ちっとも聞こえなかった。

なんだよ。
俺が、恋人らしく振る舞ってやろうと思っているのに。
おまえは、そこまで俺を求めていなかったんだな。
俺としなくても、ちゃんと代用品があるんだな。
じゃあ、おまえにとって俺はなんなんだ。
今さら、汚したくない存在だなんて、流行らねえよ。

さっきのDVDのジャケットの女の露骨な乳輪が頭を過ぎる。
忘れようと、頭を振っているのに。
俺の中に、妙な不安が入り込んでくる。
数か月セックスしなければ、恋人じゃない。
そんなことを、あの女が囁きかけている気がした。
俺にはない、あの大きな胸を揺らして。

誰もいない路地で、空き缶が転がっている。
それを蹴り飛ばしてやりたくなったのに。
もっと不愉快なことが起こりそうで、俺はそのまま家まで走ることにした。
なぜか、とても泣きたくなったけど。
泣いてしまったら自分が負けるような気がして、ぐっと堪えた。
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