リクエスト小噺

□sweet pain
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少女漫画やドラマならお姫様抱っこで運んでもらえるのだが、あいにく俺たちは男同士で体重にそれほどの差もないので、俺は山本に体を引きずられて寝室に着いた。
「風邪の時は薄着しちゃだめだろ!これ着とこう」
そう言って、山本は箪笥から長いスウェットを取り出して俺にあてがう。
つうか、なぜ知ってる。俺の箪笥の中身を。
「ゆっくりでいいから着替えて。その間に、なんか作るから」
言いながら、山本は寝室を出ていった。
でも、数分して、山本は俺の寝室の外から声を上げた。
「ごくでらー?ここ、お米炊けてないから、俺いっぺん家に戻るな!」
「おー…」
「あと、薬も持ってくる!」
「んー…」
「他に、何か欲しいものない?」
「ねー…」
「…本当に大丈夫か?」
山本が、寝室の扉を開ける。
中では、まだ着替えずにぼんやり寝ている俺がいる。
「じゃあ、後でな」
山本は俺の顔を見ると、少し笑顔をつくった。
「……おう」
やがて、玄関からパタンと音がする。
俺は改めて、自分の体に乗ったスウェットを見た。

部屋まで引きずられたり、服をあてがわれたり、様子を見にこられたり。
俺はなんだか、読書感想文の題材にした“ガリヴァー旅行記”の主人公の気分になった。
うんざりしながらも、ひとりでいた頃よりはなぜか気分が楽になった。
俺はゆっくり体を起こし、スウェットを着た。
長い袖と丈が、暑苦しかった。
俺はもう少し力を出して、またエアコンのある部屋に向かう。
これだけ厚着してるんだ、エアコンの風にあたればちょうどいいだろう。
そう思ってリビングに出た頃、玄関の辺りで音がした。

「あーっ、やっぱり」
エコバッグみたいな袋を提げている山本が、靴を脱ぎながら声を上げた。
「風邪が治るまで、エアコンはつけません」
そう言って、山本は持ってきた荷物からエアコンのリモコンを取り出して見せた。
「むかつく…」
俺は思わず呟く。
「俺の家なのに…」
「でも、獄寺は俺のものだからダメー」
山本はそう言うと、あきれ顔の俺をまたひっぱって寝室に連行した。
俺をベッドに寝かせると、山本は手際よく俺の首にタオルを巻いたり額に湿布みたいなものを貼ったりする。
「インフルエンザじゃなさそうだな、夏風邪だよ」
山本がそう言う頃には、俺はすっかり病人スタイルになっていた。
俺にぼんやり眺められて、山本がくすりと笑って俺の髪をかきあげた。
「すぐにメシ作って持ってくるからな、寝てていいぞ」
まるで、ちいさなこどもをあやすように、俺に触れると、
山本は、寝室を出て行った。
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