リクエスト小噺

□貴方なしでは
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「獄寺?ただいまー」
翌日、山本の家で夕食の準備をしていると、家主が帰ってきた。
「もう帰ってきたのか。早かったな」
「んーだって女の子をあんまり遅くまで外にいさせるわけにもいかないだろ」
山本が、ネクタイを緩めながらジャケットを脱ぐ。
10代目の頼みで、山本が今日は笹川に着いていたことを思い出した。
「ちょっとトイレ。そんで着替えてくるわ」
山本が、脱いだジャケットを椅子に無造作に掛け、部屋を出ていった、
着替えるならジャケットも持っていけよと思いながら、俺は近くのハンガーに掛けてやるべく山本のジャケットを手に取る。
ジャケットからは、ふわりと香水の香りがした。
笹川のイメージからは想像しにくい、少しスパイシーな香り。
少し気になったが、大勢の中にいたのかもしれないと思うことにした。
ほんの少し気になったことをいちいち言うほど、俺たちは動じることは少なくなった。
「あ、ありがとう。掛けてくれたんだ」
部屋着姿になった山本が、ジャケットを見て嬉しそうに笑った。

食事を終えた後、俺たちは軽く飲みながら最近の仕事について話をした。
お互いが顔を合わせていなかった間の1週間ほどのことだ。
「獄寺はやっぱり交渉なんかの方がサマになってるよな。俺なんか誰かのお守りとかばっかりだぜ」
俺の話を聞きながら、山本が呟く。
外交が多い俺と違い、山本は前戦に出ることが多かった。
「じゃあおまえも外国語の勉強しろよ」
俺が言うと、山本が苦笑して見せた。
「今さら俺には無理だよ。獄寺だってそう思うだろ?」
でも、俺は知っていた。
山本は最初の頃から、長期出張や外交などでアジトから長期間離れることを好まなかった。
多分、山本は外国語ができるようになっても交渉なんかに出かけることはしないだろう。

「で?おまえ笹川はちゃんと無事に守ってきたんだろうな」
俺が言うと、山本が思いついたように言った。
「それがさ、やっぱ女って細いのな」
「…え?」
俺が片眉を上げても、山本は気づかないのか話し続けた。
「今日ずっと近くにいたんだけど。肩とか、すげー細っこいの。ありゃ誰かが守ってやらなきゃ折れるよな」
「…ふうん」
俺は、相槌を打ちながら酒を呷った。なんでもないように平静を装いながら。
世間話だと思っても、どうしても心の中は波風が立ってしまうのが、悔しい。
きっと山本にとっては、さらりと話せるくらいどうでもいいことなのだろうけど。
悪気も他意もなくヘラヘラ笑いながらサラッとデリカシーのないことを言う山本には、ときどき傷つくことがあった。
交渉などでマフィアの人間と顔を合わせることが多い俺は、山本ほど女性と接する機会がなかった。
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