リクエスト小噺

□貴方なしでは
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「ありがとう。明日は、ゆっくり休んでください」
俺のひととおりの報告を聞き終わった後、10代目が優しく労ってくださる。
「いえ、飛行機の中でずっと眠ってたんで、明日もちゃんと来れます」
俺が顔の前で手を振ると、山本が後から俺の肩に手を置く。
そんな俺たちをさほど気にしていないように10代目は笑い、山本に続く。
「あした山本に頼んだのは、京子のボディー・ガードだよ。俺もおにいさんも行けないから、山本にお願いしたんだ」
「そんな…それなら俺でもできそうです」
10代目の前で笹川に失礼なことを言っていないか心の中で確認しながら、俺は控えめに申し出る。
でも10代目は分かっているのかいないのか、冗談交じりに軽く言ってのけた。
「獄寺くんがボディー・ガードだったら、目立って仕方ないよ」
「まあまあ、疲れた獄寺のフォローは俺がするから」
「おまえさっきからいいかげんにしろよ」
俺がたしなめても、山本はにっこり笑うだけだった。
「とにかく、獄寺くんには明日の山本よりも大変な仕事をしてもらっていたわけだから、たっぷり休んでね」
俺がまだ言いかけようとしたのを遮るように、10代目が切り上げた。
そのうえ10代目のデスクの上の電話まで鳴るもんだから、俺は黙るしかない。
失礼しますと頭を下げて、俺は廊下に出た。山本が、後から続いた。

「おつかれ」
扉をパタンと閉めたのも、俺が壁に立てかけていたスーツ・ケースを代わりに引きはじめたのも、山本だった。
さっきまで見せなかった表情が、俺の顔を覗き込む。
「本当に疲れた」
俺がため息をついて見せると、また山本が笑った。
「今日は、ゆっくり休めよ。どっちに送ればいい?」
山本が、車の鍵を見せる。
どっちに、というのは、俺の家か山本の家かということだ。
どっちに行っても、お互いの生活に困らないものが困らないほどあるし、お互いにもう客という意識もない。
10年前には必ずあった思いやりや気遣いは、今や俺たちの間では他人行儀なものに変わってしまった。
いっそ一緒に住んだ方が経済的にも楽なのかもしれないが、結婚や同棲という言葉には世間的に引っかかる。
いま俺たちはそんな、宙ぶらりんな適当な、都合よく居心地のいい関係だった。
そして俺たちは、なんとなく気づいていると思う。
本当は、この生活には何かが枯渇してきているのだと。
少なくとも、俺は、そうだった。
潤いがなくなっていくことに気づきながら、特に動こうとはしていなかった。
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