リクエスト小噺

□santuario
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獄寺の話によると、うんと幼い頃に母親と会った場所に似ているという。
かもしれない、似ている、という言葉を使いながらも確信のある響きが印象的だった。
彼の過去を知っている俺が黙って聞いていると、獄寺は珍しく饒舌になり、小さなこどものような顔をした。
その顔は、仕事を早く終わらせて時間をつくった今、知らず俺の前で晒している。

辺りを少し移動すれば分かる。
獄寺はそう言って、俺に証明するように電車を乗り継いだ。
だから俺は素直に獄寺に着いていった。
俺をダシにして自分の興味を追求しようとする獄寺が可愛かった。

3本めの電車に乗った途端、獄寺は何も話さなくなった。
はじめは下を向いていた獄寺が、さりげなさを装って景色を気にしだし、しまいには俺の存在さえ忘れたように窓に食いつきはじめた。
スイッチが入ったのは、黒い大きな機関車と擦れ違った時だった。
獄寺は、はっとした顔になり、流れゆく景色を観察するように眺め、やっとくちを開いた。
「次で降りるぞ」

降車駅のホームは、行き交う人間がとても多かった。
改札口に向かうまでの線路には、長距離列車や夜行列車が待機していた。
栄えた雰囲気の街に、俺は思わず尋ねる。
「獄寺の実家も、こんな感じなのか?」
「雰囲気やひとの数は、そうかもな。距離は少し離れてるけど」
東京と横浜を較べているようなものだろうか、と獄寺は俺がイメージしやすいように付け加えてくれた。

獄寺はまだ列車を利用するつもりだったようで、時刻表を探していた。
でも「くっそ」その列車はすぐに乗れないらしいことが獄寺の様子から伝わった。
朝から列車を乗り継ぎ、時刻表の隣の時計は正午を過ぎていた。
引き返す時間を見積もると、あまり長居はできない。
でも、獄寺が諦めきれないような顔をするから
「獄寺…レンタカー使わないか?乗り捨てられるシステムなら、帰りも便利だろ?」
俺は、おずおずと提案した。
獄寺が敢えて鉄道を利用したことに、気づいていながら。
「…………」
獄寺が、少し困ったように眉間を寄せた。

本当は、俺も時間の許す限り獄寺の望むままにしてやりたかった。
だって、獄寺がこんな風に郷愁に駆られた行動を起こしたことは今までになかったからだ。
だから、なおのこと、俺は獄寺の望むことから叶えたかった。
たとえ、列車の窓から流れる景色さえ懐古の一部だと汲みとれても。
今の獄寺のいちばん欲しいものは、目的地だと気づいたから。
「……分かった」
獄寺が、白い頬をきゅっと引き締めた。
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