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□このままでいよう
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分かっている。
俺たちには恋愛よりも優先してしまうものが意外に多くて、それは悪いことじゃない。野球やマフィアなんかがいい例だ。
分かっている、けど。
会えないと、気持ちがうんと濃くなってしまう。

俺は苦しくなるくらい食べると、その場で寝転んだ。

誕生日プレゼント、何か欲しいものある?
少し前に、山本に聞かれた。
俺はわざと、特にないとそっけなく言った。
それくらい言わないと、俺の気持ちを読まれそうだったからだ。
誕生日。
山本が一緒にいてくれるなら、それでいい。
おめでとうとひとこと言って、ぎゅっと抱き締めて、キスをして。
それだけで、満ち足りてしまう。
でも、それって、叶えてもらうものだろうか。
俺が真っ先に望んだものは、山本にその気がないと成立しない。
そうでないと、本当に虚しくて切ない誕生日になってしまう。
だから言えなかった。
俺と一緒にいろ。山本を独り占めさせろ。
本当は言いたかった言葉を、誰もいない部屋で呟いた。
山本は、こんなにも俺を操る。誕生日だという昂揚感をも打ち砕くほどに。

やがて俺はそのままうたた寝をしてしまい、目覚めると時計は1時間ほど進んでいた。
携帯電話を確認してみたけど、山本からの音信はひとつもない。
「やまもとー…」
寝返りを打ち、思わずため息を零してしまう。
「ほんとに来んのかよ…」
なんか。
少しずつ。
むかついてきた…

なかなか来ない山本。
待ちきれない俺。
晴れた空。
平和すぎる日曜日。
きょうの誕生日。

いいことさえも、つまらない。
山本がいれば、こんな思いをしないのに。
そんなことを思うと、鼻の奥がつんとした。
「……ッ知るかっ!」
俺は起き上がり、食器をキッチンに運んだ。
カーテンを全開にして、もう乾ききった洗濯物を取り込んだ。

ほら、俺にはまだやることがたくさんある。
山本のことを考えているヒマなんかないんだ。

あいつを遮断してやる。
電話なんか気にしてやらない。
そうだ携帯電話の電源を切ろう。
そして玄関の鍵も閉めておこう。
あいつを遮断してやる。
そんなことを思いついて、サンダルをひっかけて、
鍵をガチャッと閉めた音と、
そのすぐ先でピンポンという音が、
重なった。

魚眼レンズを覗く前に「ごくでら」山本の声が聞こえる。
俺は一瞬、動けなくなった。

今の、鍵を閉めた音、聞こえただろうか。
だったら、俺が居留守を使っていることがバレちまう。
今の、鍵を閉めた音、聞こえなかっただろうか。
だったら、このまま山本は帰ってしまうのだろうか。

なに迷ってんだよ、俺。
山本にむかついたんじゃないのか?
だから、いま鍵を閉めに来たんだろう?

「獄寺?」山本の声に、確信を感じる。
いま扉を開けなかったら、山本はどうする?
それでも待つ?
やっぱり帰る?
山本が帰ってしまったら、俺はどうする?

どうしたらいいのか分からない。
体が動かない。

立ち竦んでいると、ガチャッと外からノブを捻る音がした。
あ、まずい。
そう思うのに、声も出ない。
そしてもういちど、呼び鈴が鳴らされた。
「ごくでらぁー」
小さなこどもみたいな口調に、俺の鼻の奥がまた痛くなる。
バカじゃねぇの。情けない声しやがって。
そのバカ面を拝んでやる。
俺は玄関の鍵を開け、ノブを捻った。

「…なんだよ」
「あ、獄寺。留守かと思った」
よく言うぜ。
「寝てたんだよ」
「うん、目がちょっと赤い」
山本が俺の顔を覗き込んでくる。
「獄寺。遅くなってごめん」
山本の瞳から、俺は顔を背けた。
よけいに目が赤くなるからやめろ。
「別に気にしてない」
よく言うぜ、俺も。
山本が、ゆっくり靴を脱いだ。
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