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□SWEET VALENTINE
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「今からそっち行くけど、なにか欲しいものあるか?」
獄寺から電話が入ったのは、夜の9時頃だった。
帰れないかもっていってたのに。そう思っただけで、言葉にするのはやめた。地雷かもしれないからだ。

「欲しいもの」
「…つっても、コンビニくらいしかねえけど」
獄寺がつまらなさそうに言う。
そんな獄寺には、何も喋らない俺はもっとつまらなさそうに感じたに違いない。

俺の家に行くことを決めて、俺に欲しいものを尋ねる。
機嫌をとるように聞こえるのは、今日が2月14日だからなのか。
それとも、今日の俺だからなのか。
「…チョコレート」
「え?なんて?」
獄寺の声の傍で、車のクラクションが聞こえた。
俺は、考え直して、もういちど声を上げる。
「…に、合うワイン」
「ワイン?」
「そう、ちょっと、うまいやつ」
「赤?白?」
「…赤」
俺が呟くと、獄寺が分かったと言った。
「30分くらいで着くから」

テーブルの上で、通話の終わった携帯電話を指でぐるぐると回しながら、俺はすでに飲んでいたワインを見る。
獄寺が帰ってくるのに、ちっとも昂揚しなかった。

獄寺がバレンタイン・デーにくれるチョコレートは、なんだか違う。
デパートやショップで選ぶ女のひとのようなそれと違い、獄寺はチョコレートさえあればいいと思っているふしがある。
たとえばそれは、中学生のときにくれたコンビニのエクレアだったり、高校生のときにくれた購買のチョコパンだったり、大学生のときにくれた和菓子屋のチョコ大福だったり。
チョコレートというか、チョコレート味のものを持ってくる。
たくさんの女のひとにまぎれて買うのが恥ずかしい気持ちも分かるし、
改めてちゃんとしたチョコレートを贈るのも気恥ずかしいのだろう。
でも、どこかで、満足できない自分がいた。
貰えるだけでもありがたい、そう思う一方で。
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