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□STAY HERE
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やがて獄寺の住むマンションが見えたけど、獄寺の部屋には明かりはついていなかった。
「獄寺?」
小さな声で呟き、獄寺の家の呼び鈴を鳴らす。
反応は、なかった。
俺は、少し迷った後、獄寺に前から渡されていた鍵をドアの鍵穴に突っ込む。
緊急事態以外は使わないって約束で貰ったこの鍵は、こういう時にこそ使うものだろう。
鍵を捻ると同時にカチリと音がして、俺はドアを開く。
玄関では、獄寺がいつも履いているスニーカーが無造作に散らかっていた。
「獄寺?」
さっきよりは少し大きめな声を出したけど、やはり返事はなかった。
部屋の中は真っ暗で、ひとの気配すら感じなかった。
確かに、獄寺は、ここにいるはずなのに。
「獄寺?」
嫌な予感がして、俺は廊下の電気を辺りを見回す。
「獄寺?入るぜ」
外側から声をかけ、俺は獄寺の寝室のドアを開けた。

寝室の中でも存在感を誇るベッドの上には、布団が大きく盛り上がっていた。
「ごくでら…」
囁くような声で布団を捲ると、スウェットを着た獄寺が体を丸くして眠りについていた。
死んだように寝ているわりによく着替えられたものだと思ったが、俺が最後に見たときの制服は簡単にハンガーに吊るされ、枕元にはミネラル・ウォーターのペットボトルが置いているあたり、シャマル先生が面倒を見てくれたのだろう。
電気を点けると、獄寺の頬が赤く見えた。
俺は台所でつくった水枕を獄寺の頭に敷くと、また電気を消した。

台所に入り、冷蔵庫を開ける。
米を1合分だけ取り出し、洗って炊飯器に入れた。
その間に、残っていた野菜を出して、簡単なスープの準備をする。
病人が、食べられそうなもの。ただでさえ俺のレパートリーは少ないのに、獄寺が食べてくれそうなものは限られていた。

やがて食事ができあがって、俺はまた獄寺の様子を見に行く。
「ごくでら?」
小さく声をかけたけど、反応はなかった。

電気を点けて、獄寺に近づく。
獄寺は先ほどとは体勢が変わり、今度は仰向けに寝ていた。
頬に触れると、鉄板で焼いたように熱かった。
少し脂っぽくべたついた肌から、汗が薄く吹き出していた。
本当に、かわいそうだな。
そう思った時、獄寺の眉が寄せられて、目蓋が開いた。

「獄寺、大丈夫?」
俺が声をかけても、獄寺は頷きもしなかった。
いつもの半分ほどしか開いていない目は、少し潤んでいた。
「薬、飲まなきゃならないから。少しだけでも、何か食べよ?」
俺が言うと、獄寺は俺を瞳に映したままゆっくりと瞬きをした。
それは、声を出すことも頷くこともできない獄寺の、精一杯の返事なんだと思った。
「待ってて」
俺は台所に行き、玉子粥を鍋ごと持って獄寺の部屋に戻る。
「入るぜ?」
ベッドで寝ていた獄寺は、ゆっくりと起き上がろうとしているところだった。
「できるか?」
俺は鍋や茶碗を載せたトレイを置き、獄寺に手を貸した。
椅子にかかっていたコートをひっぱって、獄寺の肩に掛ける。
獄寺は、何も喋らなかった。

「はい」
俺は玉子粥を茶碗に取り分け、蓮華で掬う。
少し息を吹きかけて、獄寺の口許に持っていった。
獄寺がゆっくりと口を開いたので、俺はそのまま流し込んでやった。
獄寺の頬が少し動いて、玉子粥を咀嚼する。
小さなこどものような仕草が、見ていて辛かった。
元気な獄寺ならきっと、ガキ扱いするなとか自分で食えるとか言うだろうに。

俺に何度か玉子粥を与えられ、ぼんやりしていた獄寺の視線がやがてしっかりしはじめる。
「………みず」
「あ、水? はい」
俺はコップに汲んでいた水を渡す。
獄寺はその水を一気に飲んだ。
「まだ欲しい?」
俺が尋ねると、獄寺はかすかに首を横に振った。
「メシは?」
「……いい」小さな声が漏れる。
「じゃあ、薬飲もう」
俺は獄寺の枕許のペットボトルを開け、シャマル先生がくれた薬を獄寺の掌に載せる。
「これ飲んだら、だいぶ楽になるってさ」
言う間に獄寺は薬を口に放り込んだ。
少し元気になった様子が、単純に嬉しかった。
「おやすみ」
獄寺のコートを脱がした代わりに布団を掛けてやると、獄寺が瞳を閉じた。
俺は電気を消して、部屋を出た。

獄寺の家の居間でテレビを観ながら、俺は親父に持たされたひとり分の夕食を食べる。
チャンネルを何度も変えて、インフルエンザを取り上げた番組があれば片っ端から観た。
でも、ほとんどが予防を呼びかけるもので、感染後の話は誰もが安静にして外出しないようにというもどかしいものだった。
すると、画面にシャマル先生のくれた薬が映された。
あまりに効きすぎるので未成年が服用する場合は保護者の監視のもとで行ってください、とアナウンサーが言った。
俺はびっくりして、慌ててテレビに近づく。
でもアナウンサーはなんでもないように話を切り上げて、違う話題に移ってしまった。
俺はため息をついて、テレビの電源を切る。
俺には獄寺に何もしてあげることができないなあと、淋しく思った。
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