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□STAY HERE
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「山本いるかー?」
なんとなく集中できない部活を終えた頃、シャマル先生が部室に来た。
「先生」
着替えている部員たちの中から俺は顔を出す。
「着替えたら出てこい」
この世でいちばん見たくない光景だという顔をしたシャマル先生が、ぴしゃりと部室の戸を閉めた。
「なんすか?」
俺は着替えるのもそこそこに、部室を出る。
「ほらよ。おまえにやる」
シャマル先生は、俺に白くて小さな紙袋を渡した。
中には、ひとつずつ分けられたカプセルのシートが1枚入っていた。
「なにこれ」
「オセルタミビル」
俺がシートに印刷された英文字に視線をすべらせたと同時に、シャマル先生が声を上げる。
「抗インフルエンザ薬だ。これで発熱期間はぐっと短くなる」
「えっ」
俺は思わず袋を握り締める。
「発病してから48時間以内に服用しねーと効き目ねーけどな」
「そんな…獄寺に渡してくれたんすか?」
「いや。1粒も」シャマル先生が真顔で言う。
「なんでだよ!俺が貰っても意味ねえじゃん!」
「だって渡しに行ったら俺にうつるだろーが!」
「もう、せんせー信じらんねえよ!」
俺はシャマル先生の腕時計を見て我に返る。
「とにかく、早く獄寺に飲まさなきゃ!」
部室に入りながら器用に服を着替える俺を、他の部員がぽかんと見ている。
そんな周囲を放って、俺は荷物を抱えて部室を出た。
「先生、取り寄せてくれてありがと!」
すでに部室から離れたシャマル先生の背中に声を張り上げると、シャマル先生が片手を上げた。

冬の夜は暗く、凍りつくように冷たいアスファルトが街頭に曝されていた。
俺は両手に袋を提げて、獄寺の家まで全速力で駆ける。
いったん家に戻って簡単に事情を話したら、親父はあっさり獄寺の家で看病することを許してくれた。
それどころか、水枕や寝間着(俺のだけど、汗をかいた獄寺の着替えとして)も持たせてくれてた。
おんなじおとなだけど、シャマル先生とはえらい違いだ。
心配するだろうから言わなかったけど、獄寺は風邪というよりインフルエンザにかかっていることを言ったら卒倒するかもしれない。
俺はそんなことを思って、獄寺の家に向かった。
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