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□treasure
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俺が初めて女を意識したのはもっと小さい頃で、相手は同年代で、どこかのマフィアの娘だった。
歳や家族を調べることさえ思いつかなかったのは、幼い俺にとって、彼女の存在だけが大切だったからだと思う。彼女の境遇がどんなものであっても、俺の中にはいつも彼女を置いておける指定席があった。
年に数回しか会わない彼女は、いつも変わらなかった。
いや、容姿や性格も年齢につれ変わってはいたけど、同時に変わりゆく俺にあつらえたように、同じ速度でおとなになっていった。
俺が日本に移ってからは、一度も会っていないけど。
イタリアのことを思い浮かべる時、彼女は俺の脳裏にいつも現れる。
家業柄しかたないが、今日まで無事に過ごせているだろうか。
久しぶりに思い出した俺は、マジックで塗った彼女の小さな爪を思い浮かべていた。

「獄寺くん?」
ふいに、10代目の声が聞こえてきて。
「はっ、はい!?」
俺は思わず、向き直った。
「じゃあね」
10代目が別れを告げられた場所は、いつもの分かれ道で。
俺は慌てて、お辞儀をする。
「はっ…はい!それでは!!」
「じゃあなーツナ」
「またねー」
頭を下げる俺を間に、10代目と山本がひらひらと手を振り合っていた。

「じゃっ、行くかっ」
10代目のお背中が見えなくなった後、山本が俺に白い歯を見せて笑った。
横に並ばないで、俺は山本の背中を少し追うように歩き始める。

「獄寺、きょう疲れたのか?」
山本が振り向く。
「え?」
「さっき、俺らの話にあんまり入ってこなかったから」
とりようにとってはデリカシーのない山本の言葉が、俺を好戦的にする。
「別に。つまんなかったから入んなかっただけだ」
衝動的な言葉は、10代目の大切なものさえも蔑ろにしていた。
そんなことに気づいて、10代目だけをフォローできる言葉を探していたら「…そう」山本が、また前に向き直った。
静かな相槌も、硬い背中も、さっきまでベラベラと昔のように恋を語る奴のものとは思えなかった。
でも、すぐに。
「ごめんなー、獄寺」
俺に背中を見せたまま、山本が声を上げた。

「え?」
俺はまた、声を上げる。
山本はこんな風に、急に、しかも筋道を立てないままに、話をふっかけてくることがよくある。
だから俺は、たびたびこんな風に、間の抜けた声を上げることがある。
「さっき、ツナとあんな話をして」
「…………」
言葉が見つからなくて黙った俺を、拗ねたのかと勘違いしたのかもしれない。山本が、立ち止まって振り返った。
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