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□愛のことば
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教室の中の俺の席からは、獄寺の様子がよく見える。
普通の授業はつまらない顔をするのに、小テストや抜き打ちテストは楽しそうに解いたり。
夜更かししたかもしれないこの朝は、眠たそうにあくびをしたり。
ツナからは見えないこの角度が、ちょっとだけ俺に優越感を持たせる。
そんな秘密に、うっとりしていたとき。
近くの席の女子に、手紙を渡された。

小さなメモを、さらに小さく折りたたまれた手紙。
俺を挟んだ席に座る友達に、連絡をとりたいらしい。
その女子に頼まれたことは何度かあるので、俺も示したように届けてやる。
もちろん、先生に見つからないように、こっそりと。
このスリルは、きっと女の子も嫌いじゃないと思う。
だから、携帯電話のメールじゃなくて、あえて手紙なんだと思う。

俺から手紙を受けとった女子が、送り主をちらりと見る。
何か約束事が書いてあったのか、控えめに頷いた表情は笑顔だった。
ああかわいいなあ、と素直に思えて、俺も手紙を受け渡した役としてちょっと嬉しくなった。

たぶん、そんなことがあったからだと思う。
たぶん、そのときの授業が国語の漢文だったからだと思う。
たぶん、今日の俺は創作意欲に目覚めていたからだと思う。
俺は、なんとなく獄寺に手紙を書いた。

今日どっか行こう、とか。
直球で好きだよ、とか。
絵も入れたりして。
そんな思いついたアイデアをレポート用紙に走らせたけど。
なんとなく、ぴんとなくて。
1時間めが終わっても、俺は書くことがまとまらないでいた。

そんなとき。
2時間めが始まったときに思いついたのが、たった7行の手紙だった。
これだったら書くこともいい具合に制限されるから、俺の思いを詰め込みすぎないでもいける。
もちろん、文面は直球の俺の気持ち。獄寺が好きだっていう気持ち。
でも、読み終わった後にちょっと吹き出してしまうような。
そんな手紙が、山本武らしいかなと思った。
手紙を読むにつれて頬を緩ませたあの女子みたいに。
俺の手紙で、ちょっと幸せな気持ちになってくれたら。
そんなことを思って、俺は昼までレポート用紙を手にしていた。










愛のことば
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