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□愛のことば
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獄寺にあてた手紙。
ウソいつわりのない言葉を綴りたかったけれど、本当の気持ちの羅列は照れくさかった。
だから俺は、最後に“なんちゃって”と思わせるような、獄寺が思わず吹き出してしまうような、そんな仕掛けを組み込んだ。

休みで会えない日も、
毎日、きみのことを考えます。
もっとずっと、一緒にいたい。
と言ったら、怒るかもしれないけど、
ただの照れ隠しだってことは、もう分かってます。
ケンカをたくさんしても、そのぶん分かりあって仲良くなろう。
死ぬまでそばにいてください。

こんな、たった7行の、でも俺にしか作れない手紙。
クラスの奴らはまだ気づいていなかったけれど、獄寺はすぐに解いてしまった。

「…ご」
獄寺が、呟きだした。
「強情なところは、なおした方がいいと思う」
「…………」
なんだよ。いきなりダメ出しかよ。
「く。くだらないことばっかり言う」
「…………」
俺はそれでも、俯いていた。
「で……でも?」
獄寺が、言いながら考えていて。
「でも、いいところはちゃんと認めてやる」
ぽつりと、仕方なさそうに言った。
「ら。ライバルのような関係?」
そこは、同じ“ら”ならラブラブの方がいいな。
「腹も立ったりするけれど」
獄寺の声のトーンは、また戻って。
「やっぱり、ほっとけない」
そのくせ、そんなことを言うから。
俺は、もう獄寺を見てしまった。

獄寺の親指が、俺の目尻を拭う。
そのあと、両腕が伸びてきて。
獄寺の胸許に押しつけられた俺の頭に、ぶっきらぼうな声が降ってきた。
「……ときどき、好きでいてやる」

獄寺の鼓動が、いつもより少し速い気がした。そして、もちろん俺のも。
「ごめん」
俺は、獄寺の胸に顔を預けたまま詫びる。
「獄寺に罪を着せて、ごめん」
「なに言ってんだ、ばあか」
獄寺が、俺の頭をがしがしと掻いた。
「だって、あの手紙は俺のだろ。おまえが、俺にあてた」
「え?」
俺は顔を上げる。
「俺は、書いたなんて一言も言ってねえからな。みんなが勝手に勘違いしているだけだ」
獄寺は、そう言うと、ぷいと顔を背けた。
「俺がこんなセンスのない手紙を書くわけねーってことくらい、ちょっと考えればみんなすぐ分かる」
「ひでえ」俺は頬を膨らませる。
「こんな手紙、誰にも見せらんねえよ」
獄寺は、そう言うと。
俺の手紙をゆっくり折って、また自分の制服のポケットにしまいこんだ。
その仕草は、とても大切なものを扱っているように見えた。
たぶん、俺の視界がぼやけたからだと思う。

獄寺。
好きだよ。大好きだ。
毎日、どんな時も、おまえが俺の心に住みついているんだ。
おまえを通じて初めて知ったこのたくさんの感情は、死ぬまで俺を潤し、何かのたびに沁み出してくる。
生まれてから得た感性は、そのまま息吹き、死ぬまで蓄積され、何かのたびに引き出されていく。
この気持ちが、どんな方向で形を変えてしまったとしても。
俺の中で育っているこのはじめての気持ちは、これからの俺の礎になるくらい、大切なものなんだ。

「おい。もう教室帰るぞ」
獄寺が、立ち上がって。すぐに、俺の腕を引っ張った。
のろのろと立ち上がった俺の顔を、獄寺はまた覗き込む。
きれいなみどり色の瞳に映った顔は、その瞳に不似合いなほど気弱そうな顔をしていた。
でも、そんな顔が一気に崩れるような
「もう他に手紙落としてねえだろうな」
セリフを獄寺が言ったから、俺は思わず吹き出してしまった。

「行くぞ」
でも、俺の腕をとった手はそのままで。
俺たちは、屋上を後にした。
「英語、始まっちまったなあ」
「みんな寝てるぜ」
獄寺が笑う。
「じゃあ、俺たちで起こしに行こうぜ」
俺が提案すると、獄寺がからかうように応える。
「この手紙を書いたのは山本です!てか?そりゃ目も覚めるよな」
「それはダメ」
俺がすかさず返すと、獄寺がまた嬉しそうに楽しそうに笑った。
ああ、その顔。めったに見られない、俺の大好きな顔だった。
その顔が見られたなら、今日のあんなヘマも軽くなった気がする。
そう思って、俺はもういちど獄寺の手を握った。

こんど獄寺に手紙を書くときは、英語で書こうか。
そうすれば、みんなに見られても、すぐに内容は分からないはず。
きっと、書くのも数日はかかりそうだ。

そう思いついた俺に、gから始まるイタリア語の手紙が届いたのは、6時間目の授業中だった。










おわり。次のページはあとがき→
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