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□愛のことば
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息を弾ませ、全速力で駆ける。
鍵がかかっていた保健室の前で、方向転換する。
「おー、廊下走っちゃダメだぜ」
振り向いたら突っ立っていたシャマル先生の笑い顔さえ鼻について、俺はシャマル先生を突き飛ばしてまた走った。

喉までせり上がってくる泣きたい気持ちに、
気づかないふりをした。屋上まで我慢しようとした。
ようやくたどり着いた、誰もいない屋上は、さっきと違ってとても静かで。
それでも俺は、誰にも見つからないように給水槽の裏に身を潜めた。

うずくまって、体を小さくする。
ちっとも決まらないちっぽけな自分に呆れてしまう。
そう思うと、やっと涙が出てきた。

書いた手紙を、獄寺に読まれてしまった。
そりゃあ、獄寺にあてた手紙で、嘘は混じっていないけれど。
あんな形で読ませるつもりじゃなかった。
獄寺にだって、あんな迷惑をかけるつもりなんてなかった。

そのとき。
「おい、山本」
獄寺の声が、背後で聞こえた。
思わず振り向いてしまって、
獄寺の驚いた顔が視界に入った途端、自分が泣いていたことに気づいて、
また、膝の上に顔を埋めた。
今の俺にとって、獄寺の顔は、世界でいちばん見たくないものだった。
それなのに、獄寺はそっと俺の横で腰を降ろす。

「さっきシャマルに会って。階段のぼってったって教えてくれた」
俺の顔を覗き込もうとしているのか、獄寺の声がすぐ耳元で響いた。
なんだよ。獄寺も、シャマル先生も、俺のことなんでも知ったように。
結局、俺のやりたいことや行きたいところはぜんぶ、誰かに見透かされてしまう。それが面白くなかった。
体じゅうに充満するとがった気持ちは、ほんのちょっとしたことで零れ落ちそうで。
俺は、黙っていた。何も言えなかった。
でも、聞きたいことはたくさんあった。
獄寺が、なんであんな風に俺を庇ったのか。
獄寺が、なんであの手紙の送り主を分かったのか。

「これ、受けとっとくぜ」
相変わらず下を向いたままの俺の耳に、カサカサと紙を広げる音が聞こえた。
「おまえなあ、もっとヒネろよ。俺に文才がないって思われてしまったじゃねえか」
獄寺の言葉は乱暴だったけれど、口調はとても優しかった。
「特に、最後。この“死”はねえだろ」
「…………」
俺は、まだ獄寺を見ることができないでいた。
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