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□2つの願い
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目蓋を上げると、高かった陽が下降しながら強烈な光を放っていた。
どんよりとした薄暗い雲が、窓の外で体積を増していた。
「…あ…」
寝起きで、出した声はかすれていた。
重い。そう思って横を見ると、山本が腕を俺に預けて寝息をたてていた。
いてえよ。心の中でそう言いながら、俺は起き上がる。
すぐ近くで、山本のたたんだ洗濯物が積み上げられていた。

「…………」
俺は、上半身を起こしたまま、山本の寝顔を眺めた。
こしのある髪。張りつめた額。すっきりとした頬。
中学生の頃から知っている顔。
変わらないように見えるけど、10年間会わなかった人間が見れば、きっと変わったように見えるのだろう。
それを感じないでいられた時間が、とても貴重なものに思えるなんて。
そんなこと、おまえには
「絶対に言ってやらないけどな」
そう呟いて、山本の唇にひとさし指を押し当てた、その時。

「う…ごくでら……」
山本が呟いて、俺の指をぺろりと舐めた。

「山本?」慌てて手を離したけど、
山本はその瞳を開けることなく、呼吸も乱さなかった。
もういちど、柔らかい唇に触れる。
「ごくでら…」
山本が、また俺の名を呼ぶ。
指を離して、俺は、もういちど寝そべった。
そして、目の前の胸にしがみつく。
息ができなくなるくらい、強く、強く。
何かに耐えなければ。
そうでもしなければ。
感情が、瞳の堤防を突き破りそうだった。

誕生日。
俺が欲しかったもの。
それは、何もしなくてもいい時間でも、30万円の時計でもない。

誕生日。
俺がいちばん欲しかったもの。
それは、山本だった。
山本を、俺で満たすことだった。
俺のことだけを考えて、俺のことだけを見てほしかった。
マフィアも、野球も、すべて忘れて。
意識を閉ざしても、夢の中でも。

でも、そんな欲の張ったこと、叶えられそうにないから。
俺は、遠慮して、2番めに欲しいものしか言えなかったというのに。
なのに、おまえは簡単に俺の欲しいものを叶えてしまう。
だから俺は。
もっともっとと、贅沢な望みを抱いてしまう。
あの頃から、今も、これからも。

山本が、眠ったまま俺をぎゅうっと抱き締める。
生きていることを俺に伝えてくる、寝息、鼓動。
その一定のリズムは、変わらない想いを俺に告げているような幻想さえ抱かしめた。
息ができなくなるくらい、苦しくて。
溢れてきた涙が、山本のシャツに溶けた。

幸せだった。
このまま、瞳を閉じれば死んでしまうのではないだろうかと思うくらいに。
幸せだと、心から思った。
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