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□2つの願い
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「じゃあん」
俺が炊いていた飯に、味噌汁、焼いた鮭、卵焼き、海苔のオプションがついた。
朝食が置かれたテーブルの脇で、カーキ色の前掛け(別にわざと古風に表現しているのではなく、本当に腰から数十センチくらいしか覆われていないのだ)をした山本が嬉しそうに笑っている。
「さあ、食って食って」
山本が、恭しげに俺の椅子を引いた。
「この鮭、塩がきいてうまいんだぜ」
俺と向かい合わせに座った山本が、笑いながら言う。
この鮭は、俺の冷蔵庫にはなかったものだ。ということは実家から持ってきたものか。
「…じゃあ」
箸を取る俺を、山本が両肘をついてにこにこ眺めていた。
た…食べづらい…。
「あれ」ためらったところで、気がついた。山本の前には、何も置かれていない。
「おまえは食わねえのかよ」
「え?うん。だって食ってきたから」
そして、朝飯を抜いて出かけるのは良くないんだぞとうるさい補足がつく。
腹が減ってきているのと、相槌を打つのが面倒臭くて、俺は食事を始めた。

味噌汁をすする。「獄寺、うまい?」すぐに山本が尋ねてくる。
「…ん」俺は短く返事をする。
「こっちの卵焼きも、食ってみて」卵焼きを載せた皿が、俺の近くまで差し出される。
「…ん」俺はまた短い返事をして、卵焼きに箸をつける。
「うまいだろ?」すかさず、山本が同意を求めてくる。
「…ん」
「なんだよ、獄寺、さっきから“ん”しか言わねえのな」山本が大袈裟に拗ねた顔をして見せた。
いやいやいやいや、そうじゃねえだろ。
この流れを考えろ。食べづれえよ!つうか、忙しねえよ!!
なんだこれ。おいしい?おいしい?って、おまえは彼氏に初めて料理を振る舞う女の子ですか。
そう頭の中でツッこみながら、そういえば自分がこいつの彼氏であることを思い出した。
そして改めて見つめた山本の瞳はきらきらしていたので、俺はなかなか本心を言えなかった。
しかし、彼女、とか、嫁、というよりは
「ほら、獄寺こぼしてるぞ」
テーブルの上に散った海苔を拾って食べる様は、超マイペースなおかんのようだった。
山本は、きょう一日、俺の家で家事をするらしい。
食事はあと2回も残っている。
ということは、このやりとりが、もしかしたらあと2回行われるのか。
そのことを思って、俺はため息をついた。
炊飯器の横で俺のおかわりコールを待っている山本を、眺めながら。
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