リクエスト小噺

□秋の夜長に
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だけど。
「でも、かぐや姫のいないところで不老不死になっても悲しいだけだから」
獄寺は、俺の真意を汲みとることも忘れて、話を夢中で聞いている。
「その不老不死の薬を、煙が月に届くようにいちばん高い山の上で焼いちゃうんだ」
ちなみに、その山は今の富士山(=不死の山)といわれています。
と補足をつけようとしたところで
「辛気くさっ」
獄寺が、バッサリと一刀両断した。
さすが、イタリア野郎には日本人の侘寂は分かるまい。
銀色の睫毛を見ながら、俺は心の中で呟いた。

「もっと面白い話をしろ」
俺の腕にすっぽり納まっている獄寺が、だだをこねるように言った。
「おもしろいはなし、って急に言われても…」
俺はぼうっと考える。
2日も一緒にいると、けっこういろんな話をしてきてしまった。
ツナの話もしたし、野球の話もした。
その他に、獄寺が好きそうな話って、一体なんだろう。

「…むかし、むかし」
「なんだよ。今度はつまんねー話じゃねえだろうな」
その語り始めから、獄寺が眉を寄せて俺を見る。
だから俺は、その眉間に指をあてて、話を続けた。

「ある国に、ひとりの少年がいました」
俺の指の下にある眉間の皺は、まだ解けない。
「彼は将来、その国の王様になります」
「ふうん。ってことは、そいつは王子か」
「そう、そうだな」
獄寺の言葉に、俺は頷いて、続けた。
「そして、その…王子、のそばには、いつも家来がひとりいました。王子をとても尊敬している家来です」
「おっ、ちょっとおもしろそうじゃねーか」
獄寺が、身を乗り出した。
「その家来はとても強いので、王子も、その家来をとても信頼していました」
「ふんふん」
「そんな平和ななか、よその国から、また強い男が現れました」
獄寺は俺の顔を見ていたけど、俺は目を逸らした。
「そいつは、剣の使い手です。けっこう強いです」
天井を見ながら、俺は続ける。
「彼は、すぐに王子と仲良くなりました」
「…………」
「前から王子と信頼関係を結んでいた家来は、もちろん面白くありません」
「…………」
「だから家来は、そのよそ者に決闘を申し込みました」
獄寺も、天井を向きだした。
「王子は、家来を止めました。家来が、その剣の使い手に勝てるとは思えなかったからです」
「ふうん」
「でも結果は、家来が圧勝しました」
「…………」
「王子は、家来の強さを再認識し、ずっと自分の傍においておくことを決めたのです」
「それで? 負けた奴は?」
「負けた奴も、それは強かったので、王子が家来につけました」
「なんだよ、それ」
獄寺が、本気になって怒っている。
俺が続きを話そうとしているのに、当てが外れたような顔をする。
「なんでだよ?いい話じゃないか」
俺が宥めるように言っても
「ちっとも良かねえよ。そんな、どっちも都合のいい話なんかつまんねえ」
やっぱりおまえの話は面白くないと、獄寺はため息をついた。
「…じゃあ続きは」
「聞きたくない」
獄寺は、毛布を蹴り上げて、体を起こした。散乱している服を拾っては身につけていく。
「おまえも着ろよ」獄寺が、俺の服も摘みあげる。「風邪でもひいてうつされたら困るからな」

俺が服を着ている間、ベッドに腰掛けていた獄寺は足をぶらぶらさせていた。
そして「あ」唐突に、声を上げる。
「…どうした?」
俺が聞いてやったけど
「なんでもない」
獄寺は、口を噤んだ。
「そろそろ満月だと思っただけだ」そんなことを、付け加えながら。
獄寺の服の皺をくっきりと照らす上弦の月が、窓の外で俺たちの会話を静かに聞いていた。
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