リクエスト小噺

□蒼く優しく
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「イタリア語はナシな。あ、あと、あのヘンな暗号もダメだぞ。ちゃんと読めるやつな!」
山本が、俺にレポート用紙とペンを渡しながら釘を刺した。
イタリア語はともかく、ヘンな暗号てなんだ。まさかG文字のことを言ってんじゃないだろうな。
なんで俺が、こんどフタを開ける自分たちのために手紙なんか書かなきゃならないんだ。
そんなつもりでいるから、書くことが全く思い浮かばない。
山本に目をやると、奴は奴で俺に背を向けて何か書いていた。どうやら、山本も手紙を書くつもりらしい。別に俺は頼んでいないのに。

10年後の、俺。10年後の、山本。
ペンを指でくるくる回しながら、俺は10年後の山本を思い出していた。
10年後の山本は、今の俺よりもボンゴレの事情に通じているようにも見えた。
ときおり見せた影のある貌が、今でも脳裏に焼きついている。
あの顔を、もう見たくないような、また見たいような。
そんな思いが、俺の胸に中で燻っていた。

「おい山本、ほんとに…」
振り返ると山本は、ペンを持ったまま紙にうつ伏せていた。
「寝たのかよ…」俺は呆れて、客用の布団をかけてやる。俺が使う布団だ。
まあいいや。今夜はここで寝てやろう。そう決めて、俺は山本のベッドに転がった。
どうせ、手紙なんて書くことがない。大体、今まで書いたことだってないのに。
そう思って。俺は、ふと気がついた。
そうだ。俺は、山本に手紙を書いたことがないんだった。
山本は携帯電話を持っていないし、わざわざ手紙やメモを渡す伝達事項もなかった。

伏せた顔をそっとどかすと、紙にはまだ“獄寺へ”としか書かれていなかった。
紙の広さのわりに小さめの字で、書くことがたくさんあるのだろうかなんて思ってしまう。
そういえば、山本の字もほとんど見たことがなかった。

「いやいや、ほだされねえからな!」
俺は独りごとを呟いて、首を横に振った。
もう、ほんとうに寝てしまおう。
俺は鞄を引き寄せて、中から明日の着替えを出そうとした。
そのとき、だった。1冊の文庫本の存在を思い出した。
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