リクエスト小噺

□ANSWER
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難しいことを考えていたからか、翌日は11時くらいまで眠っていた。
朝と昼の兼用の食事をとっている間も、誰も何も言わなかった。きっと獄寺から連絡はないんだろう。
「バッティング・センターに行ってくる」
食器を片づけながら今日の予定を話すと、親父が聞いてきた。
「獄寺くんやツナくんと一緒にか?」
「まさか」俺は親父から顔を背けた。「ひとりの方が気楽だよ」

バッティング・センターまでのこの道は、獄寺に会ったことが何度かあった。
そのときは、本当に嬉しかったけど、
でも今日の俺は、それがちっとも楽しみでなかった。楽しむ理由をなくしたからだ。
会いたくないとさえ感じ、俺は自転車のペダルを踏んづけた。

こんな世の中でさえ、無償の愛が美徳とされているけど、
見返りを求めることって、そんなにいけないことだろうか。
見返りというとモノみたいだけど、
自分が愛した分、相手も自分を愛してほしいと思うことは、そんなに図々しいことだろうか。
いちばん好きなひとにしか抱かない、たったひとりのためだけの感情なのに。
1球ずつ飛び出してくるボールを打ち返しながら、俺はぼんやりと考えていた。

俺は、獄寺が好きだった。
だから自然に優しくできたし、獄寺の特別な顔が見たかった。
辛いことや悲しいことだって、もちろんあった。切ないという感情も初めて知った。
そんな気持ちがミルフィーユのように重なって、いつになれば終わるんだろうと思っていた。
それでも、重ねたいちばん上には、果物のように甘くきらめく幸せが待っていて。
俺はそれを見つけたとき、ぜったいに手離したくないと本気で思った。
それなのに。
俺は、手離そうとしている。
「だりゃ!」最後の1球を打って、俺は交代した。

時計を見ると、もう夕方になろうとしていた。
いつもより遅くに起きたから、時間の経過が早い。
獄寺のやつは、きっとまだダラダラしているに違いない。
そんなことを、また性懲りもなく思いつく。

昨日は、海に行った。
日射しが強くて、俺もちょっと焼けた。
獄寺なんか、色が白いから、きっと今日は皮膚が赤くなっているだろう。
痛くて眠れなかったかもしれない。大丈夫だっただろうか。
「あい…」
思わず言葉が漏れて、両手で口元を覆う。
「あい…アイ…アイスでも買うか」
俺は独りごとを呟いて、自動販売機に行った。
獄寺なんか、もうどうなったっていいんだった。
そう、自分に言い聞かせながら。

だって、獄寺は、俺が好きになったって迷惑なだけなんだ。
だったら、もう、最後くらいは、
あとくされなく、終わりたい。
終わりたい━━そう思った胸に、手をあてた。

俺は、獄寺が好きだった。
だから自然に優しくできたし、獄寺の特別な顔が見たかった。
自分で自分がいじらしくなるくらい、健気だった。
いつもツナに夢中でいる獄寺が、
24時間の1分でもいい、俺のことを考える時間があれば嬉しいと思っていた。野球や学校を目にしたとき、その他大勢の中でもいいから俺のことを思い浮かべてくれればと思っていた。
そんな獄寺が、俺の気持ちを受け入れてくれて。
俺、それから、どんなことを考えていたんだろう。
そう思ったとき、指に冷たい感触があって、はっとした。
食べていたアイスが溶けて、指に落ちていた。
いろいろ考えていたみたいで、ぜんぜん気づかなかった。

俺の気持ちも、こんなアイスみたいな感じだったのかな。
変えていないつもりの接し方が、変わっていったことに気づかなかった。
最初は、獄寺と過ごすひとつひとつが、輝いて見えたのに。
今は、そんな気持ちは薄くなって、もっともっとと欲張りになっていた。
そりゃあ、こんな俺じゃ獄寺も愛想をつかすかもしれない。

俺は手を洗うと、自転車にまたがった。
謝ろう。最近の非礼を。
獄寺が、こんな俺に、あきれていないなら。
これが最後なら、なおさら。
最後なら━━最後くらいは、原点に返って。
俺は獄寺の家まで全速力で自転車を漕いだ。
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