リクエスト小噺

□アメあと
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公園には、もう誰もいなかった。
こどもの声も、鳥の声も聞こえない。
激しく打つ雨が、小屋の中からは静かに聞こえた。
暇つぶしにくわえた煙草は、湿気てしまって火が点かなかった。
本当に持て余してしまって、俺は外を眺めていた。

家に帰ったら、まず着替えなければならない。少し濡れた。
いや、もういっそのこと風呂に入ってしまおう。
ああ、でも、その前に、ベランダに置いているものを中に取り込まなければならない。
そう思い出して、俺はため息をついた。

ベランダには、山本のサンダルが置きっぱなしだ。
天気が良かったから、山本がくれた鉢植えも置いてきた。
せっかく乾いた山本の洗濯物なんかも、もういちど干すなんて面倒だ。
そう思い出して、俺はまたため息をついた。

最近、雨になると山本を思い出す。
ボンゴレの守護者に選ばれてからだ。
あいつが“雨”の守護者になってしまったから、俺は雨になると山本を思い出さずにはいられない。
雨だけじゃない。
野球を観ると思い出すし、寿司を見ても思い出す。
道端では表札にも目が留まるし、さっき10代目とした社会の宿題も教科書に載った合戦を見れば山本を思い出した。
そんな自分が、最近は少し怖くなってきた。
俺の見聞きするものが、少しずつ、山本に関連していく。
俺が、俺でなくなっていく。俺だけが、山本に侵されていく。
山本はきっと、そんなことがないんだろうけど。

「やまもと…」
知らず、呟いてしまって。
思わず、両手で口を閉じた。
誰もいないのに、辺りを見回してしまう。

それなのに「やまもと…」俺は、また声を上げてしまった。
今度は、さっきとは違う。
公園の脇を、山本が━━本人が、傘を差して歩いていたからだ。

「山本っ!」
俺は思わず、小屋から出て叫んだ。
呼ばれた頭が、きょろきょろと辺りを見回す。
だから俺は、小屋を出て駆けた。

小屋の外は、少し霧が薄くなってきた。雨も、さっきに比べればずいぶん弱くなった。
だから、はっきり見えた。
びっくりしたような、でも嬉しそうな笑顔が。
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