リクエスト小噺

□Crazy for You
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「あ」
獄寺の家から近いコンビニで、俺は声を上げた。
ぽかんとした俺の目の前では
「…山本」
コマつきのスーツ・ケースを引きずりながら、片手で買い物カゴを提げる獄寺。
「ごくでら」
俺は、駆けよって。
獄寺に両手を広げた。
ら。
「やめろ暑苦しいっ」
俺の両手は、獄寺のカゴの盾に跳ね返された。
「いて」
声を上げた俺を見ることなく、獄寺はまた商品に目を向けだす。
近くの店員が、くすりと笑った。

「獄寺、アイス買おう。どんなの食べる?」
気をとりなおして、俺は本来の目的(それも微妙なとこだけど)を思い出す。
「なんでもいいけど」
言いながら、獄寺はジュースを選んでいた。
だから俺は、ひとりでアイスを選ぶ。
カップのものやモナカやシャーベット。
学校帰りによく食べるアイスをカゴに入れていたら
「…おまえ」向き直った獄寺が声を上げる。
「え?」
「けっこうケチだな」
「えっ?」
よくわかんないけど、なんとなく器を図られたようでしょんぼりしてしまった。
「たまにはこういうの買えよ」
獄寺は、俺が覗いていたケースの上にあるガラス棚の奥から、でかいカップのアイスを取り出した。
ファミリー・サイズってラベルがあって、しかもちょっと高いやつ。
カゴに入れた時のドスンという重みが、存在感を際立たせた。

それからも、獄寺は蕎麦やパンといった数日の食事もカゴに入れ、レジに向かった。
俺が選んだアイスもケースに戻すことなく、まとめて支払って。
気前のいい獄寺に俺は惚れ惚れしてしまった。
ぜんぶ入ったポリ袋を「ん」獄寺は俺に渡して、俺は差し出されるまま受け取った。

最後に会った時よりも、髪が伸びていた。
着ているズボンも、手首のブレスレットも、見たことのないものだった。
ガラガラと音を立ててスーツ・ケースを引く姿も、新鮮だった。
本当に、獄寺は外国に行っていたんだ。
本当に、俺たちはしばらく会っていなかったんだ。

そう思うと、なんだか気持ちが溢れて。
後ろから抱き締めてやりたくなった。
でも、ガマン。
ここは外だし。
獄寺は帰ってきたばかりで疲れてるし。
俺は両手に袋を提げてるし。
そう無理やり言い聞かせて、俺は首を横に振った。
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