リクエスト小噺

□ポラロイド
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ヒバリから逃げた先は、大勢に紛れられそうな並盛商店街だ。
そこでしばらく歩けば、時間差もつくれるだろう。
「本屋とか入る?」
山本が、機嫌をとるように俺を伺う。
腰抜け。ヘタレめ。
「…あそこでいい」
俺は、店と店の間の狭い路地を指す。
自販機があって、回り込めば衝立てにもなる。
「え…獄寺…」山本が、困ったような照れたような顔をするから。
「ジュース奢れ」俺はまた、ひねくれた態度をとってしまう。

山本とつきあい始めて、
ちょっと時間がたって、
自分の気持ちも整理できるようになった。
そこでホッと一息つけるようになったのも束の間。
山本は、やたら俺に構うようになった。
用もないのに呼び止めたり、手に触れてくるのは(ふたりきりの時しかさせないけど)、もう常態化しつつある。
だけど最近は、えらい近い距離まで顔を寄せてくることが増えてきた。
つまりは、あれだ。
つきあっていることで、許されるスキン・シップ。
まずは世間のいう順番通りにキスをしようなんて考えているに違いない。

「はい」
山本が、2本の缶ジュースの片方を俺に寄越す。
「…おう」俺は受けとって、さっそく開けた。
走ったところだし、避難している路地は陽が射し込んでかなり暑い。
「あ。これ初めて見た」
半分ほど飲んだジュースの缶を改めて見る。
よく売っているジュースだけど、味が夏限定のものだった。
「ふうん」山本も、その缶を眺めるから。
「…飲むか?」差し出すと。
「……いい」山本は顔を背けて、じじくさいチョイスの緑茶をすすった。
その受け答えに、俺はまたイラッとした。顔には出さないけど。

いつもマイ・ペースで、頼み込まんばかりに交際を申し込んできた山本は、
もっと強引に事を進める奴だと俺は思っていた。
でも、実際につきあいを深くすると、そうでもないことが徐々に分かってきた。
女に興味があってモテるくせに、誰ともつきあったことのなかった純情だし、
ストレートに気持ちをぶつけるかと思えば、いざという時の大事な一言は躊躇うし、
キスしたいくせに、なかなか手を出してこないし、
なんていうか、こう、実物のこいつはめちゃめちゃかっこ悪いのだ。
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