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□inside
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「ふうっ」
息をつきながら、山本が俺から出ていく。
自由になった俺は、山本から背くようにそのままごろりと転がった。
「ごくでら」
山本が甘えるように体を寄せてきたけど、俺は応えてやらない。
そんな俺の態度をどうとったのか分かりかねたが、山本は俺の首筋にキスを落として離れた。
「俺、シャワー浴びてくる」
「…………」俺はやっぱり応えてやらない。どうだっていい。

やがて、浴室から水の音が聞こえて。
「…なんだよあいつ」
なんだか悔しくて、涙が出てきた。

俺は、あいつに抱かれるだけで何も考えられなくなるのに、
あいつは、俺を試す演技ができるほど余裕があるわけだ。
それが、なんだかとても悔しかった。
結局、溺れているのは俺だけなのか。
乱れている俺を、あいつはどんな目で見ているんだろう。
男のくせに情けない奴だと思っているんじゃないだろうか。
「くそっ…」

天井に、俺の泣き顔が映る。
それがもっと情けなくて、俺は顔をぶんぶん横に振った。
体がベタベタする。洗いたい。
ちょっと抵抗があったけど、俺は立ち上がって浴室に向かった。

俺が浴室の扉を開けると「わっ」山本が声を上げた。
泡だらけの体を、壁に寄せている。
「どうした?獄寺」
「俺も洗う」
「えっ、いや、ちょっと待てよ。俺もう終わるから」
「時間ねえんだろ。待てるか」
「だったら、すぐ出るから」山本が、いやに渋る。
「なんだよおまえ
「ほんとにもう、待ってろよ」
俺が言い終わる前に、山本はぐいぐいと俺を浴室から追いやろうとする。
なんだよ、イヤだイヤだ言った俺へのあてつけか?
そんなに拒否られると、なんだかすごくムカついて。
俺は意地になって、体に力を入れる。
「頼むから、獄寺」
「なんでだよ」
「普通に考えろよ、恥ずかしいだろ、ばかっ!」
山本がいよいよ顔を赤くして、俺を本気で室外へと追い出した。
大きな声よりも、その言葉にびっくりして。
俺は、反応できずに裸で立ち尽くす。

「ぶっ…」
思わず吹き出した俺の目の前には、ダブルベッドと、脱ぎ散らかした2人分の服。
さっきまでは生々しくて仕方なかった、その空間が。
山本のせいで、たちまち滑稽なものに見えて。
「山本だっせえ――――!!!」
俺はベッドに飛び乗り、腹を抱えて笑った。
転がれば、俺の裸が映る天井。
それさえも陳腐で、俺は笑いが止まらなかった。

きっと山本は、俺の泣いた顔には気づかなかっただろう。
ひとりで風呂に入りたがる山本に気づかなかった、俺のように。
お互い、カッコ悪いところを見せたくなくて、必死で、余裕がなくて、けっきょく失敗して。
そんな自分たちが、どうしようもなく、愛しい。
そう思いついて、さっきとは違う温かい涙も落ちた。
赤い顔で浴室から出る山本を想像しながら、俺はずっと枕に顔を押しつけていた。









おわり。次のページはあとがき→
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