T

□はぐるま
2ページ/4ページ

2月の半ばから、山本の体には少し贅肉がついたように思う。
もともと俺よりタテもヨコもあるから、自然なんだけど。
黙り込むということは、山本もきっと自覚があるんだろう。

よく知りもしねえ女のもんなんか食うからだ。
喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込む。
こいつを好きな女もバカだ。自分たちが押しつけた気持ちで、愛しの山本が醜くなるというのに。
山本も、それに群がる女どもも、目先の甘い誘惑に気をとられて、ちっとも全体を見据えていない。

でも。
なんだかんだで、いちばん腹が立つのは、
痛くも痒くもないはずなのにイライラしている自分だ。
このイガイガした気分を言葉で表せない女々しさに、よけいに腹立たしくなる。

そんな俺の気持ちに、きっと気づいていないから
「なんか、今日の獄寺、怒りっぽい」
山本が甘えるように俺を覗き込む。
「そんなことねぇ野球バカ」
怒りたくもなる。
寒いし、炬燵は取り上げられるし、山本は誰にでもいい顔をする。
時間をかけて居心地よくした俺の場所が、掬い上げた砂のように静かに無くなっていくんだ。

それでも、山本は
「じゃあ気分転換でもするかあ」
機嫌をとるように、俺の背中をゴシゴシこすった。
「気分転換?」
「運動、とか」
俺の背にある手が、穏やかに止まる。
「運動…」
「うん。そうすれば、獄寺は温かくなるし、俺は痩せるし。いい案だろ」
「アホか」
覗き込んでくる貌から、俺は顔を背けた。
「今はそんな気分じゃねぇ」
なんだよ。今さら、くっつこうなんて遅いんだよ。

山本が優しくするほど、俺はつまらなくなっていく。
差し出される提案を、ことごとく反対したくなる。
山本を、困らせたいわけじゃないのに。
炬燵から出ていく山本に、せいせいしないのに。

「そんなこと言わずにさー」
山本が、ベッドに乗る。
「イヤだっつって
「はい」
山本が、言い終わらない俺に持たせたのは、5キロの鉄アレイ。
「……え?」
「これ上げ下げするだけでも結構な運動なんだぜ」
スポーツマン・シップに満ちた爽やかな笑顔に、俺はがっくり肩を落とした。
「なんだよ、5キロでキビしいのか?」
いっておくが、俺はたかが5キロの鉄アレイに肩を落とすほど軟弱じゃない。
「寝る前の筋トレって、疲れたらすぐ眠れるし、俺的にオススメなのな」
ああ、こいつ頭の中までボール詰まってんだ。きっとそうだ。
「……そーかよ」
俺は鉄アレイをカーペットに転がした。
なんだか、あまりの会話の噛み合わなさに、自分が犬や猫を相手にしているような気分になる。
「あーもう!」
俺はばたんと寝転んで、布団を被った。

「ごくでら?」
ベッドの上で俺の名前が呼ばれたけど、もちろん無視。
「あ」
何かひらめいたみたいだけど、これも無視。
「獄寺、もしかして、違う運動かんがえてた?」
これも無視「考えてねぇっ」できなかった。さすがに。
思わず起き上がった俺を、山本が照れ臭そうな顔で眺めている。
「なんだよー、おれ別にそっちの運動でもいいぜ?」
「絶対やらねぇっ」
頬の緩んだ顔から視線を外して、俺はまた炬燵に潜る。
そうだった。
今日は、山本の提案には反対するんだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ