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□flavor
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「ごくでらぁガム食う?」
「別に今はいらねぇ」
さりげなく持ちかけたけど、にべもなく断られた。
獄寺はごろごろしながら、買ってきたばかりの“月刊世界の謎と不思議”を読んでいる。
そんなの、きのう読めばよかったのに。

昨日の土曜日は俺が野球の試合で会えなかった。
だから今日は、ふたりで時間を共有したかったのに。

俺は手持ちぶさたで、きのう買ったガムのパッケージ・フィルムを破いた。
本当は獄寺に食べさせるつもりだったけど、約束したわけじゃないからいいや。
包みを開けると、甘い匂いがした。
これが“思わずキスをしたくなる香り”なのかな。
ガムを口に放り込む時にコピーを思い出したら、ちょっと虚しくなって。
味もまだ残っているそれを包み紙に吐き捨てて、1メートルほど離れたゴミ箱めがけて投げた。
ガムを包んだ紙が、ゴミ箱に吸い込まれていく。
ゴミ箱の底で立てられたカツンという音に、獄寺はやっと視線を本からずらした。
「つまんなさそーだなおまえ」
呆れたような言葉とは裏腹に、口調は優しくて。
獄寺は吹き出しながら近づいてくると。
俺に、軽く、くちづけた。

「!!」
鵜呑みにしていたわけじゃないけど、すごい偶然。
“思わずキスをしたくなる香り”のガムを噛んだら、獄寺にキスされた。

しかも
「ガム寄越せよ」
俺の機嫌をとるつもりか、獄寺はガムを欲しいと言ってくる。
「お、おう」
俺はガムを1枚差し出した。
獄寺がそれを受けとって、口に運ぶ。
「甘い。なに味?」
「え? えーと」俺はパッケージを取り出す。「ライチ、だって」
俺の持つパッケージに「ふうん」獄寺が、顔を寄せるから。
俺も思わず、もぐもぐ動く唇にキスをした。
「ん…」
ライチの香りが、ダイレクトに鼻孔から入ってくる。
獄寺の歯を舐めたら、すっと身を引かれた。
「おま…ガム入ってんのに」
獄寺が、軽く睨んでくる。
「だって、したくなったから」
「コドモか」獄寺が、今度は本当に呆れたように呟く。
「じゃあ」
言われたついでに、コドモっぽく尋ねてみる。
「ガムの味がなくなったら、もっとキスしていい?」
俺のお伺いに、獄寺はきょとんとした後
「……いいぜ」笑顔を見せた。


「ごくでらぁ」
「んー?」
「それ、まだ味残ってんのかよ」
「おう、まだまだ甘いぜ」
獄寺が、これ見よがしに口を動かした。

あれから、どれくらいたっただろう。
俺は、トイレに行って、暇潰しにテレビを点けて、“月刊世界の謎と不思議”をペラ読みした。
その間、獄寺はずっとガムを噛んでいた。
俺はもちろん、獄寺にキスをさせてもらえない。
思わずキスをしたくなる香りをさせている獄寺にキスのおあずけなんて、ちょっと拷問なんじゃないか。
俺はそんなことを思いながら、獄寺の唇を眺めていた。

すると、点けっぱなしのテレビからCMが流れて。
俺が昨日コンビニで見た女優が、いま獄寺が噛んでいるガムを手にして画面に現れた。
ガムを口に放り込んだ彼女が、俺たちに唇を突き出して。キャッチ・コピーがナレーションされて。
獄寺はその15秒間の後、チラリと俺を見た。
「いや、獄寺、たまたま。たまたまだから」
「何も言ってねえよ」
獄寺は、言葉と一緒にガムを吐き捨てて。ゴミ箱に収めた後、俺の前に座った。
「味、なくなったぜ」
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