リクエスト小噺

□チアノーゼ
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「獄寺なにしてんの?」
夜、匣の自主練をした後もなお起きている獄寺の背中に、俺はベッドから声をかけた。
「ちょっとな…」
獄寺は振り返らなかった。背中が遠い。
「獄寺」
「なんだよ。眠れないのか?」
せっかく獄寺が優しく振り向いてくれたけど、俺は首を横に振った。獄寺は、また向き直った。

24の獄寺を抱いた次の日、俺は10年後の世界に飛ばされたらしい。
そこには既に、俺の知っている獄寺やツナや小僧がいて、おまけにハルやランボたちのいつものメンバーも同じ姿でいるもんだから、俺には違和感を感じられなかった。
でも状況は一変していた。
俺が着いた10年後の並盛は、戦場だった。親父が犠牲になったことを聞かされた。解決策は、俺たちが強くなることだと小僧に言われた。今日は、その特訓をした。

俺は不安で、笑うしかできなかったけど。
獄寺はもう慣れたようで、自分のするべきことを見つけている。

「できた!」
匣が、獄寺の好きなデザインに作り替えられていた。
獄寺の、無邪気な口調とは裏腹な、凛とした表情。
それが、昨日の24の獄寺と重なって。
俺はそのときはじめて、急に何もかもが分かった気がした。
この数日、いやそれ以前の出来事が。ずっと遊びだと思っていたことが。
すべて繋がって、現実味を帯びた。
今まで俺が居心地のよかった世界は、ごっこなんかじゃなかったことを確信した。
昨日の自分が、世界でいちばん無責任に思えた。
胸が押し潰されたように痛く、叫びだしそうになった。

「山本?」
「……いいじゃん、それ」
背を向けた俺は、そう言うことが精一杯だった。
獄寺は上機嫌で、ベッドに入っていった。
泣いていることを知られたくなくて、おやすみと言えなかった。

いつからだったんだろう。
ツナや獄寺と知り合って。俺たちは、いつも一緒にいた。
1時間が、今よりもずっと長くて、明日の心配なんかしたこともなかった。
くだらない話をして、学校じゃない所で会って、ジュースを分け合って。
グローブやゲームを欲しがって、家の手伝いをした。
そんな平和で幸福だった日々。
それがいつの間にか、不意に角を曲がったように、気がつけば俺たちは大人になっていて。ほんの些細なことで傷ついたり、目に見えないものを求めたりする。
そして、もう二度とその幸福な日々には帰れない。
俺はこの夜、本当に実感した。

獄寺が寝静まったのを確認して、顔を洗いにいった。
鎖骨の下の獄寺の印が、まだ薄く残っていた。
俺はそれに指を充てる。

だから━━。
俺はこれから、ツナや獄寺と共に生きる。この世界に腰を据えるんだ。
ふたりが迷っている時、ちゃんと導いてやれるように。
しっかりした大人になるよ。
俺は、もうおまえたちを裏切らない。

そう決意して、鏡の自分を覗き込んだ。
消えかけている鎖骨の印を、拭うように撫でた。










おわり。次のページはあとがき→
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