リクエスト小噺

□ゴールデン・サマー
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「じゃあな」
別れ道、山本が俺の手を握りながら指を眺めた。
「山本。俺べつに指輪なんていらねーから」
「えっそうなのかよ!?」
俺の言葉に、山本が心底驚いている。そんなに拘っているようにみえたのだろうか。
本当にいいんだ、指輪なんて。もっと確かなものが、いつでも取り出せるように俺の胸の中で輝いているから。

おまえは覚えているだろうか。
「武」
あのホタルの場所を初めて訪れた時、俺がおまえに言ったことを。
「好きだ」
つまりは、俺の気持ちだって、あの頃から変わっちゃいないんだ。
「おまえが望むなら、ずっと一緒にいてやる」

山本は、眩しそうに目を細めながら微笑んで。
「ありがとう」
頷き、あの時と同じ言葉で返事をした。
山本が、あの場所を覚えていたことよりも、あの時のふたりの思いを覚えてくれていたことが、俺はどうしようもなく嬉しかった。

これからも、こうして、ふたりで日々を刻んでいこう。
歳をとるのも、きっと悪いことじゃない。
だってこんな気持ち、あの頃には抱けなかったから。
確実に歳をとるけど。
俺には、山本のためにしておきたいことがたくさんある。
もっと優しくなって、
もっと上手に愛を伝えられるようになって、
もっと幸せそうに山本を笑わせるようになって。

拙い俺がそれらを頑張る時間を考えれば、俺たちが認められる時なんてそう遠くない将来かもしれない。
そんな意地悪なことをまた思いついて苦笑すると、目の前の山本が笑顔を見せた。
その笑顔が、さっきのホタルよりも輝いて見える。
なんて、そんなこと言えない今の俺は。
今度またふたりでホタルを見た時に言えればいいなと思った。

愛してる。一緒にいたい。
この想いは、きっと、ずっと変わらない。
家路に向かう山本の背中が見えなくなっても、俺は祈るように左手を握り締めていた。










おわり。次のページはあとがき→
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