リクエスト小噺

□blind
2ページ/5ページ



「入れば」
扉を開けると、獄寺はぶっきらぼうに言い放つ。
そして俺より先に入り、台所の冷蔵庫を開けた。
いつもなら、取りだした牛乳をコップに注ぐのに、今日は鍋で温め始めた。

「これからだんだん寒くなるよなー」
俺の呟きに獄寺は答えず、その横でパンをオーブンに放り込んだ。
「わざわざ焼いてくれんだ?」
「俺が食いたいだけだ」
甘える俺に獄寺はぴしゃりと言い放ったくせに、伏し目がちに尋ねてきた。
「…今日、晩メシもいるのか」
その響きは、いたって普通だったけど、どこか硬い気がした。
言葉面とは裏腹に、晩メシまでに帰れよというような。
だから俺は、
本当はイエスを選びたかったけど、
「今日は、やめとく」
次は誘ってねという答えを選んだ。
「…そうか」
ホット・ミルクとパンの甘い香りに包まれたふたりの間で交わされた言葉は、これだけだった。

テーブルの上に俺の分のカップと皿を置くと、獄寺はそのまま台所でホット・ミルクを立ち飲みした。
そして何も言わず、自分の部屋に入ってしまった。
パンを食べたかったって言ってなかったっけ。
俺はパンを半分残して、食事を続けた。
やがて獄寺は戻ってきて、俺の前に座るとパンを食べ始めた。
今まで張りつめていた白い頬が、もぐもぐと動く。
その様子を、俺は眺めていた。

今日は何か嫌なことがあったのかな。口数が極端に少ない。
なんでも聞くのに。どんなことでも、教えてほしい。
でも獄寺は、こういう時ほど喋らないんだ。

「…そろそろ帰ろうかな」
「何しにきたんだよおまえ」
「何しにきたんだろう」
「別にいいけど」
だって、獄寺といい雰囲気で居たかったのに。
これじゃ今日は、たぶん難しい。
お互い気を遣うなら、今日は一緒にいない方がいいと思う。
「夜、電話するよ」
「出れたら出る」
「出ろよ」
あ、まずい。
獄寺の物言いに、思わず本音を出してしまった。
「あ、いや…その」
今日の獄寺はいつもの獄寺じゃないから、怒っちゃいけないのに。
「宿題、わかんないとこあったら聞きたいし」
「おとといノート貸しただろ」
そう言って、獄寺は立ち上がって玄関に向かった。

玄関の靴棚の上に、俺が借りたノートが置いてあった。
俺が来た時にはなかった。
「獄寺?」
だけど獄寺の表情は硬いままで、そのノートを広げると俺に差し出した。
「……あ」
獄寺が開いたページには、糊づけされた封筒が挟まっていた。
「ここにあったのか」
俺が手を伸ばすと、獄寺はノートをぱたんと閉じてしまった。
「おまえはほんと無神経な奴だよな」
「獄寺?」
「こーいうの失くすなんて、探しもしねぇなんて」
獄寺の瞳が揺れる。
「それとも、わざとか? 俺に見せるために」
「なに言ってんだよ」
「言っとくけどな、俺はそこらの女みてーにギャンギャン言わねぇからなっ、喚いてほしけりゃ女と
「獄寺」
俺はノートを取り上げることで獄寺の言葉を遮り、封筒をひっぱり出した。
「山本ッ」
封を切り、中身を取り出す。
「やめろッ、見たくねぇッ!」
俺は獄寺を無視して、中身を獄寺の鼻先に突きつけてやった。
「……え?」
「こないだの体育祭の写真だよ」
被写体は、ぜんぶ俺。
「あの日カメラ持ってた女子が写してくれたんだ」
「写真…?」
「そうっ」俺は、獄寺に写真を押しつけた。
写真に目を落とした獄寺の頬が、一気に赤くなる。

もしかして。
獄寺の機嫌が悪かった理由は。

「…獄寺」
頬が緩んでいくのが、自分でも分かる。
「何が入ってると思ったんだよ?」
じりじりと近づく俺に、獄寺は写真を投げつける。
「…ッ、るせェッ!!///」
獄寺が、真っ赤な顔で怒鳴り散らした。
「帰れよ、さっさと!」
「やっぱり気が変わった。晩メシ食ってく」
「もう遅ェよ!!なんもねぇから!!!」
獄寺が、俺を玄関にぐいぐいと押しやる。
だけど俺は、身を翻して、獄寺を抱き締めた。
「じゃあ、獄寺いただくよ」
「…ッ///ふざけんなっ!///帰れ!!」
必死になって言い返してくる唇にキスをしたら、やっと静かになった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ