リクエスト小噺

□しあわせについて
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玄関の呼び鈴を鳴らすと、ちゃんと獄寺は出てくれた。
30分前まで寝ていたとは思えないくらい、ちゃんと身なりが整えられている。
「お邪魔します」
部屋の中だって、きちんと片づけられている。

昼だったので、親父がばら寿司を持たせてくれた。
それをふたりで食べながら、獄寺が借りてきたDVDを観た。

外はよく晴れていて、誰かの笑い声なんかが聞こえる。
平和だなぁ、と思った。
観ているDVDも、落ち着いた雰囲気の洋画で。
ついこの間まで10年後の世界にいたことさえ、遠い昔のように思えた。

DVDを観終わって、獄寺が立ち上がった。
広げていた皿を片づけて、台所に運ぶ。
俺はそれに着いて、台所の手前のカウンターに肘を突いた。
皿を洗う獄寺を眺めていたら、乾いた布巾を渡された。
だから俺は、獄寺から次々と渡される皿を拭いていった。
「ほら」とか「うん」とか、それくらいしか言葉を交わさなかったけど、心地よい沈黙だった。
全てを洗い終えた獄寺がコーヒー・メーカーのスイッチを入れ、その薫りがまた幸福感を増した気がした。
俺たちがケッコンしたら、こんな感じかな。
そんなことさえ夢みてしまう。
獄寺が出してくれた同じ形のカップが、更にそんな気にさせた。

そのとき
「あれ?」
獄寺のきれいな銀髪がひとふさ跳ねていることに、今ごろ気づいた。
それは獄寺の後頭部のところで、飛び出すように跳ねていた。
なんだか可愛くて「ははっ」吹き出しながら触れた。
「ん?」
獄寺が怪訝な表情をする。
「なんだよ?」
「獄寺、ここ、跳ねてる。寝癖?」
俺の指摘に、獄寺がすぐさま後頭部に手をやる。
「早く言えよバカッ!」
獄寺は頬を赤くして、寝癖を両手で押さえつけながら洗面所にバタバタと駆け込んでいった。
その様子がまたおかしい。
俺はふたつのカップをテーブルに運んで待った。
スプレーを片手に、獄寺が戻ってくる。
「ここか?」
鏡で見えないらしく、スプレーが寝癖に当たるかどうか俺に聞いてくる。
「うん、そのへん」
でもスプレーはうまい具合に当たらなくて、いたずらに獄寺の髪を濡らす。
「ぜんぜん直ってないのなー」
俺が笑うと、獄寺がまた赤くなった。
別にいいのに、寝癖くらい。俺しか見てないのに。
そんなことを考えていると、
獄寺は俺にスプレーを持たせて
「ん」
俺に背を向けて座った。
寝癖が俺に見えるように、ちょっと項垂れて。
うわ…めっちゃ可愛い。
ちゃんと正座してるところが、また……。
「はい」
寝癖にたくさんスプレーをかけて(強い跳ねだったから)手櫛で整えてやる。
「直ったぜ」
スプレーをテーブルに置いて、俺は獄寺を背後から抱き締めた。
「うわ!?」
バランスを崩した獄寺が、そのまま俺に背を預ける。
「ごくでらあー…」
獄寺の肩に顔を埋めて、深呼吸をした。
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