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□Tomorrow never knows
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峰打ちをしていた山本が、躊躇いなく刃を向けた。
たぶん初めてだったのだろう。
振るった剣がブレて、死ぬより手痛い仕打ちを相手に負わせた。
のたうつ相手に見いった山本の手から、剣が滑り落ちた。

山本の貌は、白くて。
地に横たえた剣は、山本の体じゅうの血液を吸い出したように朱かった。
その光景が、俺の瞳のシャッターを勢いよく切り、胸の印画紙に焼きつけた。

人目につかないうちに、俺は山本と剣を手にして逃げた。
俺の足に調子を合わせた山本は、それでもずっと自分の手を眺めていた。
小さな頃からバットを握っていた、まめだらけの掌。
「殺したんだな……」
何も知らなかった幼さを潰すように手を握り締め、山本は口を開いた。
「まだ息があった。死んでねえ」
山本を見ないで、駆けたまま俺は答える。
「じゃあ、なんで俺たち逃げてるんだよ?」
トーンの上がった山本の声に、俺は怯む。
瀕死の状態だ。放っておけば死ぬ。
「どっちでも、俺たちの方が分が悪い」
奴が生きることができるのは、そこに誰かが現れた時だ。俺たちの顔が割れる時だ。
俺は無理やり、心の中で言い訳をつくる。
「だから、俺たちはこの場から離れるんだ」

5キロほど離れたところで、山本が立ち止まった。
「山本?」
山本が、さっきの場所を振り返る。
そして、ポケットの中からリングと匣を取り出した。
「ごめん獄寺。我慢できない」
山本が、そう言うのと、匣にリングを押しつけたのは、同時で。
まもなく激しい雨が落ちてきた。

意図が分からない俺の手から、山本が剣を矧ぐ。
そして雨雲を振り仰ぎ、剣をかざした。

「山本…」
雨粒が、剣の血を払う。
その様を、山本はじっと見ていた。
自身の罪を洗い流そうとしている気持ちが、痛いほどに伝わった。

だが雨粒は、
血を払う代償に、
刀身に伝わせた薄く赤い水を山本のカフスに染み込ませた。
刃にべったりついた脂が、消せるものかと雨粒を弾く。

山本の肩が震える。歯をガチガチと鳴らし、鼻をすする。
「やまも
「決めたよ獄寺」
山本が俺を遮り、瞳を向ける。
「俺はこの世界で生きていく」

雨で、気づかなかった。
我慢できなかったものは、これか。
山本の瞳を見て、俺はやっと気がついた。

この日、山本は初めて野球よりもマフィアを選んだ。
山本が、この日を、忘れられなくなったように。
俺も、この日は、きっと忘れることはできないだろう。
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