リクエスト小噺

□一輪の花
3ページ/9ページ



大学4年生になった春、10代目がまた帰国された。
「向こうで暮らしてらっしゃる10代目には、もう“帰国”じゃないですよね」
俺の行きつけの居酒屋で飲んだ後、俺たちは夜道を歩く。
「それがね、もうそろそろ日本に“帰国”するつもりなんだ」
10代目は楽しそうに話しだす。
「イタリアのことも言葉も勉強できたし、9代目もまだお元気だし。しばらくは、こどもの時のように、日本で暮らしてイタリアに行ったり来たりしようかなと思って」
「そうですか」
こどもの時、というのが、なんだかおかしい。
俺が煙草に火を点けると、10代目が切り出した。
「で、獄寺くんは? 大学を卒業したら、イタリアに行く?それともまだ並盛にいる?」
ライターをポケットにしまって10代目を見ると、月光に反射した飴色の瞳がこちらを見つめていた。
「…そうですね、俺は…なんだかんだで、まだここにいると思います」
「意外だったね。獄寺くんは、機会があればすぐにイタリアに行くと思ってた」
10代目が、俺の少し先を歩く。
「きっと、俺がイタリアに永住すると言っても、獄寺くんはここを離れる気なんてないんだろうな」
「…10代目。何を…」
「生まれた場所でもない。仲間が少しずつ離れていく」振り返った10代目の瞳に、皮肉の色はないが「ここに、何があるの?」ただ純粋な質問の中に、彼の予想している答えが透けた。
「別に……何もないんです、けど…」
俺は、煙草の灰を落とすことも忘れて、俯いた。

俺も、なぜここに固執しているのか分からない。
分からないが、その答えを探すときには必ず山本の顔がちらつき、俺は答えを探すことをやめる。だから、俺が並盛にいる理由は分からずじまいのままだ。
俺は、ここで何をしていくのだろう。
そして、違う地では何ができないのだろう。
悔しいが、それを考えるきっかけは山本の進学だった。
山本との別れを確信したとき、俺はもう誰かに溺れないこと決意をした。
もう、こんな別れはいやだと痛感したからだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ