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□STAY HERE
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授業中の、ほんの一瞬だった。
それは特別教室で行われた理科の授業で、俺たちは指定された班で実験をしていた。
理科室で決められている俺の席からは、獄寺の席が近かった。触れられるほど、近かった。
そんなに近かったのに、俺は獄寺の異変に気づかなかった。
実験中に、獄寺が倒れるまで。





STAY HERE





「ありゃインフルエンザだな」
獄寺を車で送ったシャマル先生が、保健室の鍵を開けながら教えてくれる。
「インフルエンザ!?」
「って、獄寺くんものすごく震えてたけど!?」
「あー、今年のはそういう諸症状らしいなー」
シャマル先生は俺とツナから逃れるように、立ち止まることなく部屋に入っていく。
「なんか、そういう薬は?渡してくれたのか?」
「まさか」
着いてくる俺たちを一瞥して、室内の窓を全開にしたシャマル先生がさらりと言う。
「俺、そんな薬持ってねえし」
「あんた医者でしょ!?」
ツナが白目を剥いてツッこむ。
「毎年流行する病気なのに!なんで持ってないんですか!!」
「だから毎年ちがうんだよ」
シャマル先生が俺たちを小うるさそうに眺める。
「インフルエンザてのはな、その年に流行する風邪の中でもタチの悪いものを指すんだ。だから、インフルエンザという名前の病気はないんだ」
「えっ、そーなのか!?」
「って、誰かが言ってた!」
「うぉい!!」
俺とツナは思わず声を揃える。

「どーしたらいいんだろ?獄寺くんひとり暮らしなのに、そんな大変なこと…」
ツナが眉間を寄せる。
「かあさんに、何か作ってもらおう。食べて休まなきゃ」
「行っちゃダメだぞー」
ツナの計画を茶化すように、シャマル先生が回転椅子ごとぐるぐる回る。
「風邪っつっても、インフルエンザは空気感染するウイルス性だからな。医者の許可が下りるまで学校には出席できない」
シャマル先生が、医者みたいなことを言う。
「もちろん、外部からの接触も許しません」
言葉に詰まる俺たちに、シャマル先生がニヤリと笑う。
「ていうか、そんな俺もさっきまでせっまい車内でハヤトと一緒だったからな。おまえら、俺を経由してハヤトのインフルエンザうつるかもしんねーぜ」
そう言って、シャマル先生は再び立ち上がり、窓を閉めた。
「帰ったら換気だけでもしとけよ」
そうして、俺たちふたりは保健室の外へと追い出された。

「山本、どうする?」
ツナが心配そうにこちらを見る。
「うん」
俺はじっと天井を見つめ、何がいちばんいいのかを考えていた。

今日は部活がある。その後、つまり夜、具合の悪い獄寺の家に押しかけるのは少し気が引ける。
でも、獄寺の様子は心配で、本当はずっと看病しに行きたい。
明日は土曜日だし、朝から様子を見に行くこともできる。
でも、その間は?食事を作る元気もないだろう獄寺はひとり暮らしで、誰も気遣ってやれない。
「…俺も、親父に相談してみる」
俺はそう言うしかできなかった。
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