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□マニュアル
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マニュアル










小学生の頃は、みんなが観てるからって理由で恋愛もののドラマを観てた。
でもいまいちピンとこなくて、中学生になったいま思い出して、きゅんとくることがある。

獄寺と知りあって、俺の感性の幅は少し広がった。
ラブソングの歌詞に共感できるようになった。
好きなコのために頑張れる奴が主役の漫画も好きになった。
アクションものしか観なかったのに、恋愛映画もこっそり観るようになった。
それらのセリフや表情に涙が出るほど心が震える自分に、びっくりした。

こうすると、相手に気持ちが伝わる。
こうすると、相手に誤解される。
そんなことを学んで、実行して、やっと獄寺と想いを通じ合わせることができたのに。

ここからが、どうも勝手が分からない。

だって、たいていのドラマや映画や本は、最後に両想いになって終わり。
それから先の方が、長くて、たくさんの試練が待ち受けているなんて、それこそ、どのメディアも教えてくれなかった。
長続きさせる場合でも、だらだらしたものじゃなく、もっともっと好きになってもらえる方法もあるらしくて、そのセンスを身につけられるのは一体いつなんだろうと気が遠くなる。
だから初心者の俺は、この細い繋がりを切れないようにするだけで精一杯だ。


本当はもっとカッコよく、映画みたいに誘いたいのに、自分の身の丈と照れが邪魔をして
「ごくでら、日曜日ヒマ?」
結局、面白みのないすごくオーソドックスな誘い文句しか言えない。
舞台も、放課後の教室、なんてベタな場所だ。

俺に誘われた獄寺が、ちらりとこっちを見た。
みどり色の瞳に映る俺をずっと眺めていたいけど、そんなことに気を取られている余裕はない。

ヒマなら遊びに誘う。忙しいなら次のヒマな日を聞いておく。頭の中にフロー・チャートのような図ができていく。
「ヒマだけど」
よし。“ヒマなら遊びに誘う”に進む。
「遊びに行こうぜ」
OKなら待ち合わせる時間と場所を決める。NGなら理由を尋ねる。
俺が待ち構えていると獄寺は
「どこに?」
予想外(今の俺には)の返事を出す。
待ち合わせを決める前に、質問に答える。
「黒曜にさ、新しくボウリング場できたんだ」
「ああ、こないだ10代目と行った」
「えっ?行ったのかよ!?」
「? うん」
さあどうする俺。違う所に行く?それとも違う手を考える?
“1回休み”の気分。
すると
「割引券もらったから、やるぜ」
獄寺が財布を取り出す。
「ああー、ちょっと待って」
俺は頭を掻く。どう持っていこう、この場合。
俺はボウリングをしたいんじゃなくて、いやしたいけど、大事なのはそこに獄寺がいるかいないかであって。
「一緒に行こうぜ」やっと言えた。
獄寺はきょとんとした顔をした後、小さく息をついた。
「だから誘ってんだろ」
「あ、うん」そういえば、そうだった。

ええと、どこまでいったっけ。
ヒマかどうか聞いて、遊びに行こうって誘って…次は待ち合わせの取りつけか。
じゃあ1時にバス停で、と言おうとしたら
「ふたりで?」と獄寺が尋ねてきた。
「? うん」
「なんで?」
怪訝そうでなく、ごく単純に尋ねてきたもんだから、こちらもつられて単純に
「好きだから」
と言ってしまって、しまったと思った。
「えっと、獄寺…」今のウソ。いや、ウソじゃなくて、もっと気の利いたこと言うべきだった。
洒落た映画なら“きみをもっと知りたいから”とか“きみに興味があるから”なんてスマートにはぐらかすのに。俺は直球、さすが野球部だ。
獄寺は表情を変えない。そんなこと世界中の常識だというような顔だ。

「そうか」
獄寺はカバンを掴むと、俺の横をすり抜けざまに告げた。
「じゃ、今夜電話しろ。待ち合わせの場所とか決めるぞ」
「獄寺…」
「部活がんばれよ」
ツナへと向かう獄寺の背中を、俺はぼうっと眺めるしかできない。

俺はデートひとつ誘うのにガチガチなのに。
獄寺は、さらりとOKして、かつスマートに夜も話ができる権利を与えてくれた。
「獄寺カッコいー…」
ドラマみたいだ、と思った。
敵わないなぁ、と心底思った。

いつか。
俺の言葉で、獄寺をメロメロにさせてやりたいなぁ。
それって、一体いつなんだろう。
その前に、俺がメロメロになりそうだけど。

だって、ほら。
教室から出るとき、俺にこっそり振られた獄寺の手。
あんな仕草で、俺を動けなくさせてしまうんだから。










おわり。次のページはあとがき→
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