T

□デッサン
1ページ/4ページ

デッサン










どんっ、と俺が突き飛ばしたもんだから、
山本が俺から離れた。同時に、密着させていた唇も。

一瞬、目が合って
「ごめん」
山本が先に謝ってくれたのに、俺はフォローもせずに更に言葉を投げつけてしまった。
「もういいだろ」
俺だって、悪くないわけじゃないのに。

「悪かったよ」山本が、なおも謝る。
これ以上の不毛な会話が面倒臭くて「帰るぞ」俺から切り上げた。

誰もいない教室を出る時、「獄寺」と呼ぶ山本を振り返った。
呼んだわりに、山本は俺に横顔を見せて。
ぽつりと、独りごとみたいに呟いた。
「そんなにイヤだったのかよ」
ここで俺も、方便を使えばいいのに。いや、せめて動揺のひとつでも見せればいいのに。
「…イヤも何も」
自分でも、なんとも中途半端な答え方しかできなかった。しかも、これがまた正直な気持ちなもんだからたちが悪い。
「……そう」
やっと俺を映した山本の漆黒の瞳がやけに澄んでいて、濡れたビー玉みたいだった。
目は口ほどにものを言う、という諺が日本にはあるけど、それを感じることができる“耳”はどれなんだろう、とどこか他人事のような疑問が頭を掠めた。
それが分かれば、山本の心情が読めたのに。

教室を出てから、山本は何も喋らなかった。だから俺も同調した。
その沈黙は、とても息苦しかった。

昇降口で靴を履き替える時、かすかな物音が聞こえた。屋外に目をやって、俺は思わず声を上げた。
「雨だ」
細かく、ぱらぱらと降るそれが、景色を霞ませていた。
そういえば、雨が降るって天気予報で聞いた。
鞄を開け、用意してきた折りたたみガサを取りだし、教科書やノートは靴箱に放り込んだ。
その間、山本はぼうっと景色を眺めていた。
「おまえカサは?」
聞いてやったのに、山本はやっぱり俺を見ないで、首を横に振った。
「職員室に置きガサ借りにいくか?」
俺の提案にも、静かに首を振る。
外の雨は、カサがなくてもいいという量ではなかった。
山本は無表情で、でもどこか不満げだった。
俺は、その顔を覗き込む。
こんな狭くて華奢な折りたたみガサなんかじゃ無理なことは充分に承知だけど「入ってくか?」この言葉を、勘違いでもなんでもいいから良い意味で捉えてくれればいいと思った。俺の歩みよった気持ちに気づいて、照れ臭そうに笑えばいい。
でも山本は「……いい」やっぱり拒絶した。拗ねたこどものように、唇を真一文字に結んで。そのまま、校門へ向かっていってしまった。
「ばか濡れるだろ。風邪ひくぞ」
素早くカサを開いて、俺は山本を追いかける。
「やまもと…」俺が山本の腕を掴んだ時「いいって!」山本は初めて声を荒げて、俺の手を振り払った。
しまった、という顔を相手に見せたのは、実はどちらもで。
でもそれも一瞬で、山本は再び校門に向き直り、俺もそれから少し離れて後を追った。
なんとなく気が引けて、カサを折りたたんだ。

お互い恋愛感情を持つもの同士が、さっきキスをしたのに。
普通なら、その後は肩を並べて帰るもんじゃないのか。
なんて、そんなことができた雰囲気を壊したのは俺だった。
そう思い出して、俺は山本に聞こえないようにため息を漏らした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ