リクエスト小噺

□一輪の花
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あれは、高校3年生の時だった。
夏休みも終わる頃、早い奴なら高校を卒業したあとの行き先が決まる頃だ。
まだ進路を選んでいた俺は、夏休みも高校の夏期講習を受けていた。
夏の始めまで野球をしていた山本は、俺から遅れを取り戻すように、予備校で短期集中の講座を受講していた。
そして既に進路を決められた10代目は、密かに日本とイタリアを往復するようになった。
そんな、少しずつ自分のために時間を割くようになった俺たちは、久しぶりに沢田家に集まった。
夏休みの最後の日曜日のことだ。

お母様特製の鰻めしを食べて、ひとしきり話して、騒いで。
縁側で、俺が持ってきたスイカを齧りながら、山本が買ってきた花火をした。
やがて、最後まで手をつけられていなかった線香花火を手にすると、山本が静かに報告した。
「俺、野球の推薦決まったよ」

そうして、そのまま。
山本は、高校を卒業すると遠くに行ってしまった。
俺に、何も言わずに。
俺も、何も言わずに。
ふたりは、別れてしまったのだ。










一輪の花
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