気まぐれプリンセス

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浮世絵町一番街に大きな店構えを持つ、妖怪和風隠食事処『化猫屋』
自由奔放な奴良家の一人娘は今宵、妖怪達が集まるその賑やかな場所にいた。


「相手をしてくれる?」


ふわりと柔らかな笑みを浮かべ、化猫組当主の良太猫の前に差し出されたのは百鬼花札。
ギャンブルを得意とする彼の中でもそれは最も得意とするもの。


「ワシは構いませんが…大丈夫なんですかィ?」

「あら、私の負けが前提みたいな言い方ね」

「そ、そうではなくて!」

「ふふふ、大丈夫よ。護衛ならこの子がいるもの」


ねー?と腕の中のすねこすりを抱き上げる目の前の姫君。
最初から自分の言いたい事を分かっていたのに怒ったふりをして悪戯めいた事をする。
毎回毎回会う度に自分は彼女に振り回されるが、それを不快に思った事は一度もない。


「掛け金は"化猫屋特製餡蜜"、ね?」

「分かりやした。お付き合いしましょう」


優しい笑顔をくれるこの人に自分は心底甘いのだ、と花札を配りながら良太猫は改めて実感した。


「ワシが子、泡様が親でいいですぜィ」

「あら、負けても言い訳は聞かないわよ?」

「負けはしやせん」


泡が強い事を良太猫は身をもって了承済みだが、やはりそこは化猫屋当主。
今までに何度かこうして対戦をしたが彼女に負けた事は一度だってない。

親の泡が山札に手を伸ばしたその時、店先が色めき立ち、雌猫達の黄色い声が聞こえてきた。


「何かあったのかしら?」

「少々お待ちを。見て参ります」


こんな騒ぎになるとすれば奴良組若頭のリクオが来たか、はたまた本家のイケメン所が来たかのどちらか。
他のお客の迷惑にならない内にと良太猫が腰を上げた刹那、


「泡様!!!!」


ゼェゼェと息を荒げ、漆黒の髪を乱した姫君の騎士が現れた。
普段の真面目な彼からは想像できない乱れ様から、雌猫達に引っ張り凧にされたのは明かだ。


「あら、黒羽丸。お疲れ様。一緒に餡蜜食べる?」


申し訳なさそうに謝る当主の良太猫の隣で、名前を呼ばれた当の本人は相変わらずニコニコと人の良い笑みを浮かべている。


「結構です。そんな事より、泡様。夜にお一人で外出なさっては危険だとあれ程申したではありませんか」

「大丈夫よ。夜遊びをしてこそ少しずつ大人になっていくものなんだから」

「夜遊びを禁じているのではありません。一人歩きを禁じているのです」

「一人じゃ…「すねこすりではダメです」

「最近、前にも増して過保護じゃない?」

「いいえ。これが普通です」


お説教を受け、困ったように笑う泡は助けを請うようにチラリと良太猫に視線を投げた。


「折角いらしたんですからお咎めはそこまでで、一杯いかがですかィ?猫達も喜びやす」

「いや、俺は…「こちらにどうぞ」

「いいじゃないですか。泡様もここにいるんですし」


ニャーニャーと媚びる雌猫達に囲まれ、堅物な彼は拒みながらも慣れない対応に頬が仄かに赤く染まっている。


「あっしらも続けるとしますかィ」

「そうしたいけど今日はそろそろお暇するわ。続きはまた今度お願いね」

「ヘイ、分かり………え!?」


余りにもさらっというものだからつい二つ返事をしそうになり、慌てて花札にやっていた目線を泡に向けるがその姿はもう既になかった。
呆気に取られる間もなく、次いで雌猫達のざわつきがヒクヒクと動く良太猫の耳に入る。
今度はどうした、と視線をそちらに移せば、ついさっきまで確かに目の前にいた人が猫だかりの中心でニコニコと微笑んでいた。


「ひ、姫様…?」

「ふふふ、ごめんなさい」


困惑する猫達を特に気にする事もなく、隣にいる鴉の腕に腕を絡め悪戯っぽく笑う。


「悪いけど、彼はもう予約済みなの」


絡めた腕をグイッと引っ張ると直ぐに、チュッと辺りに響く可愛らしいリップ音。
頬に触れた柔らかさに黒羽丸の顔はみるみるうちに赤くなっていく。


「─お姫様、のね。他をあたってもらえるかしら」


ニッコリと笑う悪戯好きの彼女。
店の中はキャーと興奮する声や嘆く声と様々な反応を見せる。
そんな騒がしい中、綺麗な金色と良太猫の目が合い、ふわりと柔らかな笑みが向けられた。
『またね』─形の良い唇は確かにそう動き、ぬらりひょんの特性からか誰に気付かれるでもなく、恋人を連れてその場から姿を消した。


「相変わらず、振り回してくれるお人だ」


でもそれが楽しいなんて、やはり自分はあの方に甘い。
呟いた良太猫の言葉は賑やかな店内に掻き消されていった。


ハニーシロップの誘惑
(甘いアマイあまい私の罠に落ちて)
(甘美なる時を過ごしましょう)

「黒羽丸のモテっぷりにも困ったものね。妬いちゃうわ」
「妬…ッ!?私には泡様だけです!!」
「ふふふ、私もよ」





end

あれ?思った以上に絡みがないぞ?(←汗;;

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