気まぐれプリンセス
□!
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形の良い薄い唇にうっすらと滲んだ赤。
「泡様!血が…!」
「ふふふ、大丈夫よ。乾燥して切れちゃったの。今鴉天狗が薬を持ってきてくれるわ」
でも少し滲みるのよね、と傷口を舐め度に赤い舌がチロチロと見え隠れする。
それがひどく官能的で。
邪まな考えを振り払うように慌てて顔を逸らした。
「黒羽丸?」
首を傾げる彼女を直視できず、別の事を考えろ!と今朝読んだ本の内容を必死に思い出すよう試みる。
そんな俺の葛藤など露知らず「どうかした?」と覗き込んでくるものだから心臓は爆発寸前。
バクバクと鳴り響く胸を抑え込もうとしているのに「黒羽丸」と妖艶なその唇が動くものだから─
「――ッ!泡様!」
「Σ!?」
ガシッと細い肩を掴んで、困惑する彼女を余所に唇が触れるほどの距離に顔を近付け…
「黒…
ガラッ
「泡様、軟膏を持って参りましたぞ。
…息子よ、そんな所で何をしておるのだ?」
「……………何でもない」
戸が開いた瞬間に慌てて彼女から離れ、部屋の隅まで移動した俺に、タイミングが良いのか悪いのか戻ってきた親父が怪訝そうな顔をする。
「こちらを塗れば大丈夫ですぞ」
「ありがとう」
小さな円い器。
中身を薬指で掬って唇に塗っていく様を見ながら、ハァと小さく溜息をついた。
「甘いのね、蜜柑かしら」
「鴆殿がお作りになったリップクリイムというものだそうです」
「後でお礼を言わなきゃね」
ふふふ、あははと笑う一人と一羽の声を遠くで聞く。
唇の物足りなさにまた溜息が出そうになるのを我慢し、今は早く親父が退室してくれるのを待つ。
「黒羽丸」
耳に馴染んだ凛とした声に名前を呼ばれハッと顔を上げると、『おいでおいで』と手招きをする彼女が目に入った。
不思議に思うもニコニコと笑う愛しいあの方に逆らう気は微塵もない。
「座って」と言われ彼女の目の前に腰を下ろす。
「泡様、いかがされ…」
柔らかい感触に蜜柑の匂い。
続くはずだった言葉は彼女の口内に飲まれ、チュッと可愛らしいリップ音と柑橘の甘さを残して離れていった。
「黒羽丸も唇かさついてたから、お裾分け」
ニッコリとそれはそれは綺麗な笑みを見せる悪戯好きの姫君。
「さ、夕餉の準備をしなきゃ」
呆然とする俺と親父を残して部屋を出て行こうとした彼女はクルリと振り返り、
「今夜はお義父様の好きな筑前煮ですよ」
と去り際に言葉を残していった。
暫くして我に返った親父に「どういう事じゃ!黒羽丸!」とゆさゆさ体を揺すられるが、甘い余韻にボーっと浸る俺には効果がない。
ダメだと判断したのか、「泡様ァァ!!!!」と叫びながら小さな羽を広げ彼女の後を追いかけていった。
「もう一度『お義父様』と呼んでくだされェェ!!」と聞こえたが、聞かなかった事にしよう。
「泡様…」
確かめるように唇をなぞって
愛しい、愛しいアナタを想う
不意打ちキスは蜜柑味
(美味しいですか、お義父様)
(もちろんですぞ!泡様!)
(………………[怒])
目の前でいちゃつかれ(?)怒る長男。
end
初めてじゃないのに彼女からのチュウには慣れないシャイボーイのお話。
以上、《気まぐれプリンセス》完結です★
お付き合いいただきありがとうございました(ЖuЖ)