気まぐれプリンセス
□夢路
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「俺が二代目を継いでやる」
「ほぅ、それは楽しみじゃ。泡や、お前は"夢"があるか?」
「私は……好きな方と結婚したいです」
──────
パチリと目が覚めて、一番に視界に入ったのは見慣れた天井。
障子からは朝日が差し込み、外では鳥の囀りが聞こえる。
随分と懐かしい夢を見た。
幼い自分と兄と若かりし時の父との何気ないやり取り。
仲睦まじい父と母をいつも見てきた。
いつか私も心から愛する人と結婚したいと、幼いながらに思っていたのを覚えている。
「好きな人、か……」
頭に浮かんだ漆黒。
真面目で優しい年下の彼。
夜明けまで町中をパトロールしていた彼はきっとまだ夢の中。
布団から出て、寝巻きの単から薄桃色の着物へと袖を通す。
勝手事を務める女妖怪の朝は早い。
泡も例外なく台所へと足を進めた。
**
「リクオ様ー!早くご飯食べないと遅刻しちゃいますよー!」
「今日は卵か。納豆かけちゃお」
「え!?もうこんな時間!?つららも急いで!」
「む!?拙僧のおかずがないのだが…!?」
「若!ワシもご一緒しますぞ!」
時刻が七時半を回れば家の中も賑わいを見せ始める。
リクオと雪女と青田坊は学校に。
小妖怪達はおかずの取り扱い。
…あら?黒田坊はどうしたのかしら?
「泡様、私が運びますよ」
「ありがとう首無」
なぜか落ち込む黒田坊を不思議がって見ていたら、首無が朝食の乗った盆を代わりに持ってくれた。
顔が良い上に女性への接し方が紳士的、彼がモテるのも大いに納得がいく。
ここは首無に任せ、まだ運ぶ朝食が残っている台所に踵を返そうとしたら「泡様」と呼び止められた。
「呼びに行かれてはいかがです?」
ふわりと宙に浮いた頭が微笑む。
彼が何を言わんとしているのかを察した泡もその顔に笑みを浮かべた。
肯定と『ありがとう』の意味を込めて─
「損な役ね、アンタも」
「泡様が笑ってくださるなら構いませんよ、僕は」
部屋を後にする華奢な背中を見送りながら、首無と毛倡妓がそんな会話をしていた事を泡はもちろん知る由もない。
自然と早足になっているのは決して気のせいではないだろう。
早く顔が見たい、今はただその一心。
「おはようございます、姫様」
「どうしたんすか?急いでるみたいですけど」
途中で会ったのは今正に呼びに行こうとしていた彼ら。
山伏姿の二人を視界に収めるとニッコリと微笑み、パタパタと駆け寄った。
「おはよう。今呼びに行くところだったの。朝餉出来てるわよ」
「お、マジっスか!俺もう腹ぺこですよ」
「とさか丸」
喜ぶとさか丸をささ美が名前を呼んで注意を促すが、泡は気にした様子もなく、仲睦まじい二人にクスクスと小さな笑い声を上げている。
「ところで、黒羽丸は?姿が見えないけど」
来る途中で会う事はなかったためてっきり二人と一緒だとばかり思っていた。
「兄貴ならまだ部屋にいます。昨日パトロールから戻るの遅かったみたいで、俺らの方が早く起きたんですよ」
「姫様、申し訳ございませんが黒羽丸を呼びに行っていただけますか?起きてはいますので」
「ええ、もちろん」
その申し出を泡が快く引き受けると、ささ美ととさか丸は安心したように口許を緩めた。
「では、お願いします」と小さく頭を下げたささ美にニッコリと笑い、彼らが来た道を足早に進んでいく。
「姫様が姉貴になる日も近いかもな」
「さァ、黒羽丸次第だろ」
未来の姉になってくれる事を祈りながら、二匹の鴉は一足先に朝餉が用意されているであろう広間に向かった。
足取り軽く、目指すは真面目な鴉の元。
恋心というものはこんなにも色々な感情で胸がいっぱいになる事なんだ、と泡は思った。
嬉しくて、楽しくて、癒されて、でも切なくもある。
「おはよう、黒羽丸」
見慣れた黒髪を見つければ、彼は優しく微笑んだ後、礼儀正しく頭を下げた。
「おはようございます、泡様」
「朝餉だから呼びに来たの。行きましょう」
にこやかに笑う泡に黒羽丸はクスリと小さく笑う。
今日の彼女は随分と機嫌が良いな、と思いながら。
「何か良い事でもありましたか?」
「え?」
「嬉しそうですので」
首を傾げた泡にそう説明すれば、彼女はまたニッコリと眩しいくらいの笑顔を見せた。
「夢見がよかったの」
─それに、黒羽丸に会えたから
その言葉はまだ喉元で止めて。
兄上
私、好きな方が出来ましたよ
今度は夢に彼が出て来てほしいと
そう願います
夢でまた会いましょう?
(どのような夢をご覧に?)
(ふふ、兄上の夢よ)
(…そうですか[複雑……])
end
あれ?黒羽丸夢なはずなのに…
絡みが少ない…涙;;