気まぐれプリンセス

□ミルク
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「ホットミルクが飲みてぇ」


夜が更けた時刻に突然やってきた甥は開口一番に叔母にそう告げた。

昼とは全く違うその容姿。
闇と共に明るい茶髪は綺麗な銀糸に、アーモンド形の目は鋭い切れ長に形を変える。

唐突な甥の我が儘にもかかわらず叔母は嫌な顔一つせず、いつもの笑顔で台所に立った。


「どうぞ。熱いから気をつけるのよ」


コトンと置かれたマグカップからは熱い湯気と甘い香り。
無言でそれに口をつければ、小さく「熱ッ」という声が上がる。


「大丈夫?」

「…ああ」


ジンジンと地味に痛む舌に内心苦々しく思うも、口内に僅かに残った甘みがそれを打ち消す。


「昔はよく飲んでたよな」

「眠れないって言う度に作ってたもの」


懐かしい味に小さい頃を思い出せば、叔母はクスリと笑った。


「眠れないんだ…」

寝付けない夜は必ずここに足を運んだ。
突然訪れた子供を彼女はいつも快く迎え入れてくれて、決まって甘くて温かいミルクを出してくれた。

「リクオがよく眠れるようにおまじないをかけたのよ」

そう、悪戯っ子のように彼女は笑って─

甘い甘い白を飲み干せば、柔らかな布団に導かれる。
トントンと規則正しく背中を叩くリズムに瞼は自然と重くなって、意識を手放す瞬間にいつも聞こえた『おやすみなさい』という優しい声。



「姉さん…」

「ん?」

「今日、」


ここで寝ていいか?
なんてそんな事聞ける訳がない。
続く事のなかったその言葉だが、彼女には十分伝わったようでニコリと微笑まれた。


「ふふ、もちろんよ」


甥の自分から見てもその笑顔は綺麗で。
世の妖怪達が彼女を狙う理由が容易に想像できる。
でもこの叔母は妙に純粋なところがあるから浮いた話の一つも聞かない。
最近になり、やっと恋心というものを知ったくらいだ。


「さあ、遅いからもう寝ましょうか」

「まだ日付も変わってねーじゃねぇか」

「良い子は寝る時間よ?」

「成人間際の男に言う台詞じゃねーよ」


自分の行動は棚に上げて、というやつだが彼女は特に気にした様子もなく、「いいからいいから」とあらかじめ敷いておいた布団に導いた。


「……狭ぇな」

「昔は二人で寝ても余裕だったのに。リクオも大きくなったのね」


目元の涙を拭う仕種をする彼女に「当たり前ぇだろ」とツッコミを入れた。
布団から数センチばかりはみ出た体が冷たい空気に触れ、寒いと訴える。
こればかりは昔のようにはいかない。


「…腕枕するか?」


真顔でそう提案する甥に泡はパチパチと瞬きを数回繰り返した後、口許を緩ませる。


「いいわよ。はい、どうぞ」


そう言って差し出されたのは細く、白い腕。
訳が分からず一瞬思考が停止したリクオだが、すぐにその意味を理解すると「違ぇだろ」と本日二度目のツッコミを入れる。


「俺が姉さんにすんだよ」

「あら?そうなの?」


本気で言っていた彼女はきょとんとするも、差し出された自分とは違う逞しい腕に素直に頭を載せた。


「まさか甥っ子に腕枕してもらう日が来るなんて」


クスクスと笑う度に揺れる銀色。
自分と同じはずのそれがなぜかとても美しく見えた。
ぼんやりとそんな事を思っていたら、ふいにトントンと背中に感じる懐かしいリズムに現実に戻される。


「オイ…」

「ふふ、久しぶりにね」


呆れたように呼んでみても、笑顔で簡単に躱されるだけ。
仕方なく、好きなようにさせてやるかと観念する。
トクントクンと鳴る心音に合わせて背中に響く優しい音。
幼い頃そう寝かしつけられていたせいかすぐに眠気が襲ってき、瞼が重みを増していく。


「おやすみなさい」


優しい声に誘われ、眠りについたあの頃と重なった。



甘く、優しく、温かな人。
(昔からずっと変わらずに)
(彼女はそこに存在する)





end

朝起こしにきた首無辺りが大騒ぎ。
黒羽丸の時と同じような話になってしまった…orz
リクオは恋愛感情は一切なくて甘えてるだけ。笑


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