気まぐれプリンセス

□いちご
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誰にだって苦手な物の一つや二つあるもの。
誰もが畏れる妖怪任侠奴良組一家姫君、彼女もまた例外ではない。


「泡様はどういった男性がお好きですか?」

「…………………え?」


休日の麗らかな昼下がり。
昼食の片付けを終えた泡、雪女、毛倡妓は暫しの休憩を取っていた、そんな時。
唐突に雪女が投げかけた質問に茶を飲んでいた泡の動きが止まった。


「泡様は普段あまり色恋の話をなさいませんから。今日はバンバン本音で話してくださいね」

「そうそう。姫はこういう話になるとすぐ逃げるからねー」


キラキラと期待の眼差しを向ける雪女とニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる毛倡妓。
そんな二人に困ったように笑いながら、隙を見てこの場を逃げようと思う泡。

彼女の苦手な物、それは―色恋沙汰。
世間一般に言う『恋話』というものがダメなのである。


「で、どうなんですか?」

「そう言われても…」


ズズイッと雪女に詰め寄られても泡は困ったように笑うしかない。
いつもにこやかで自由奔放なお姫様もこういう話になると後込みしてしまうのだ。


「全く姫は…。だから四百年も男の一人出来ないのよ」

「Σえぇぇぇ!!??そうなんですか!!??」


驚く雪女に「ええ…まぁ…」と曖昧な返事をする泡。
雪女よりも永く奴良組に身を置く毛倡妓は泡の良き理解者であり女友達である。


「色んな男から求愛されても全部蹴るんだもの。縁談だって全部断るし」


ズズッと茶を啜り、語る毛倡妓に泡は乾いた笑いを返す。
そんな泡に雪女は目を輝かせながら興奮気味に口を開いた。


「それは泡様に恋い慕う殿方がいるという事なんですね!」

「「え?」」

「こんなにも一途に姫に想われているなんて…なんて幸せな方なのでしょう!」

「あーなるほど。私はてっきり恋愛には疎いのかと思ってたわ。そういう考えもあるわね」

「ゆ、雪女?毛倡妓?」


勝手に進められていく話に嫌な予感がしつつも呼びかけてみる。
大事にはなりませんようにと願いながら。


「で、姫」

「誰が好きなんですか?」


身を乗り出した二人に、もう逃げる事は叶わないんだろうなと苦笑を漏らしたその時…


「姉さんッ!!!!」

「リクオ……?」


バンッと勢い良く障子を開けて入って来たのは奴良組若頭様。
突然の主の登場に泡だけでなく、雪女も毛倡妓も驚いたように瞬いでいる。


「どうしたの?そんなに慌てて」


ハァハァと肩で息をする甥はどうやら家中を探し回っていたようだ。
背中を撫でてやりながらそう問えば、リクオは畳を見つめていた視線を勢い良く泡に向けた。


「姉さん!」

「な、何…?」

「結婚するって本当なの!?」


……………。
あー、悪い事というのはこうも重なるものなのかと泡の中に冷静に考える自分がいた。


「Σえぇぇぇぇ!!??リ、リクオ様!!それはどういう事ですか!!」

「僕も知らないよ!さっきじいちゃんに『兄にするなら鴆と牛頭丸と猩影の誰がいい?』って聞かれて…!!」


あわあわと慌てふためく雪女とリクオの二人を泡は困ったように笑いながら眺めていた。


「また父上は…リクオをからかって」

「でも今回は縁談とは違うのね。組の若頭との結婚話なんて」

「きっと達磨の案でしょうけど」


ふぅと溜息をつく泡に毛倡妓は「姫も大変ねー」と呑気に茶を啜る。
それに対し「いつもの事よ」と笑う泡に毛倡妓は「んで」と話を持ち出した。


「鴆様と牛頭丸と猩影。姫は誰が好み?」


ニヤリと笑った毛倡妓に泡が答えるよりも早く雪女が反論する。


「毛倡妓!泡様には恋い慕うお方がいらっしゃるのよ!」

「あら、その三人のうちの誰かって事も有り得るじゃない」

「え!?姉さん、好きな人がいるの!?」


話が独り歩き状態の今の状況。
反論しない自分も悪いのだが、と困ったように笑って三人の会話を眺めていた。


「いい男選び放題よ、姫。どうする?」

「泡様!泡様ならきっと受け入れられます!早急に殿方に想いを伝えるべきです!」

「好きな人いるならちゃんと言わないと!結婚させられちゃうよ!」


ズイズイと三人に一気に詰め寄られるとかなりの迫力がある。
「まぁまぁ」ととりあえず興奮しきっている彼らを宥めるのが先かと、何とか話を切り出そうとした時。


「泡様、総大将がお呼び……何をされておられるのです?」


部屋を開けた途端そこにはまるで猫に追い詰められたネズミ状態の泡。
その様に怪訝そうな顔をしたのは、鴉天狗一族の黒羽丸である。


「あ、黒羽…「姉さん!結婚の話だよ!」

「姫、今こそ女になる時よ!」

「泡様!ご自分の気持ちに正直に!」


感情高ぶっている三人に黒羽丸が持ってきた知らせは正に火に油。
そんな中、リクオの言葉を聞き取った黒羽丸は苦笑する泡に驚愕のあまり目を見張った。


「けっ、婚…?」


ショックを受けたようにポツリと呟かれた黒羽丸の言葉を拾った三人は「そうなのよ(そうなんだよ)」と一斉に口を開く。


「お相手は鴆様が一番有力かしら」

「泡様には他にお慕いする方がいるの!」

「黒羽丸も断るべきだと思うだろ!?」


呆然とする黒羽丸に詰め寄る三人。
もう笑ってごまかすのも限界。
次は彼に火の粉が降り懸かりそうだ。
スッと静かに席を立ち、障子に片手を添えると泡は四人に向かい言葉を紡いだ。


「私はリクオが三代目を継ぐのを見届けるまでどこにも嫁ぐ気はないのよ?」


 凜とした声にそちらを向けば
 それは、愛おしい人を想う顔で


「それに、
  牛鬼や狒々の娘になるより
   ─私は、鴉の娘になりたいもの」


柔らかく笑ってそう告げた彼女。
驚きで声も出せずにいる四人ににっこりと笑って、何事もなかったかのようにその場を離れて行った。


「え………今のって……?」

「やるわね……姫も」

「じゃあ、泡様の想い人って………」


リクオ、毛倡妓、雪女の視線の先には目を見開いて固まる黒羽丸。
理解できずにいるであろうその心境が容易に想像でき、三人は思わず顔を見合わせた。



甘酸っぱい想いを残して。
(お相手はどちらでしょう?)
(黒羽丸かとさか丸か…)
(どっちにしても面白くなりそうね)





end

無駄に長い…!落ちが微妙…!涙


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