水色マシェリ

□一
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「お前が出した答えなら例え何であろうと俺達が全部受け止めてやる」


あの後、美月はイタクにそう言われた。
人間ではないと打ち明けたあの時と同じように、貫くような強く、けれども優しい目で。


「美月が動かなきゃ何も始まらないわ。美月の記憶はなくても、あの人にとって貴女が大切な存在である事に変わりはないもの」


夕餉だって呼ぶついでに少し話してらっしゃいな、と冷麗に優しく背中を押され土方に当てられた部屋へ向かっていた。
あんなやり取りをした後だから顔を合わせにくく、部屋に近付くにつれ足取りが段々と重くなる。


「(……話、と言われましても一体何を…)」


とりあえずさっきの事を謝った方がいいだろうか、そう考えていると不意に煙草の香りが漂う。
懐かしく感じるその匂いに誘われ、角を曲がると月明かりに照らされた土方が煙草を吹かし縁側に腰掛けていた。


「(あ………)」


夜空を仰ぐ横顔と闇に消える紫煙。
知らないのに知ってるその姿に目頭が熱くなる。
込み上げてくる、この熱い想いはなんだろう。無意識にゆっくりと形取る唇は何を言おうとしているのだろう──そんな考えを巡らせていたら、ふと、切れ長の黒と目が合った。


「…美月」

「あ、あの…夕ご飯です……」


名前を呼ばれて思わず俯けた。
後退りしそうになるのを抑えて、冷麗に言われた通り夕餉である事を告げる。
ああ、と低い声が返ってきたと思えばまた、美月、と名前を呼ばれ肩が跳ねた。


「少し、話さねーか?」


言い出せないでいた言葉を土方から言われ、戸惑いつつも美月は小さく頷く。
座れ、と促された縁側。
人二人分空かした所に腰掛ければ、風に乗った紫煙が美月の元へ届く。


「……女の子が隣に来たのなら煙草は消すのがマナーです」

「男の煙草くれぇ軽く見過ごしてくれねーとこちとらヤニ切れ起こしちまう」


お互い顔は合わせぬまま、続かぬ会話。
居た堪れない空気を何とかしたくて視線をさ迷わせる美月の耳に、さっきは悪かったな、と謝る土方の声が届いた。


「……謝る理由が分かりません」

「怖がらせただろ。十分な理由だ」

「別に怖がってません。びっくりしただけです」


知らない人にいきなり詰め寄られて怒鳴られもしたらそりゃあビビるのが当たり前だ。
でも、なぜだろうか。
恐怖も戸惑いもあったあの時、同時に確かな懐かしさも存在した。


「お前、転んで頭ぶつけて記憶失くなったんだってな。ったく、変なとこばっか似やがって」

「へ?誰にですか?」

「近藤勲。俺達の大将にだ」

「……………こんどう、いさお……」


確かめるように呟く美月に、何か思い出したか、と土方が問うがふるふると首を横に振られて終わってしまった。
そうか、とさっきとはまた違って淡々と告げられた返事に美月はそっと視線を下に向ける。


「……どうして怒らないんですか?」


返事の代わりに煙を吐く息遣いだけが聞こえた。
悪いのは自分だと分かっているのだから、変に悟られるよりいっそ責めてくれた方がずっと楽に感じる。


「迎えに来て、その相手に『貴方誰ですか?』なんて言われたら私なら問答無用でフルボッコにします」

「ねぇそれ自分の事だって分かって言ってる?」

「分かってます。…分かっているから言うんです」

「お前はそうだとしても、俺にはそうする理由が分かんねぇよ」


黒い瞳が見上げる空には、雲に隠れた月がぼんやりとその光を見せる。


「貴方は、優しすぎます…」

「……そうでもねぇさ」


じゃなかったらてめーに人殺しなんざさせねぇ、そう続きそうになる言葉を飲み込んだ。
今隣にいる少女はその過去を知らないのだから。


「生きてるって分かりゃあそれだけでいい。家族っつーのはそういうもんだ」

「…………家族、」

「飯、食いに行くか」


携帯灰皿で煙草を消し、腰を上げる土方を目線で追う。
その視線に気がつくと、ふっと優しい微笑みを浮かべ、すれ違いざまにポンと軽く頭を撫でていった。
まるで、年の離れた妹にするような極自然な仕草で。
振り返り見た広い背中。
手を伸ばしても届かない距離に息が苦しくなって、置いていかれるんじゃないかと思ったら急に怖くなった。


「────っ、」


喉元まで出かかる声にならない声。
魚の骨がつかえたような焦れったさに苛立って、美月は眉を顰た。
断片的な記憶。
傍らに置く傘は、一体何のための物だっただろうか。


崩れたジグソーパズル

(ばらばらになったピースが集まって)
(少しずつ形を取り戻していく)



─大事なピースがまだ見つからない




end

何か暗いよー(TωT)

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