水色マシェリ

□の
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探さなくちゃ。
探さなくちゃいけない。
唐突に、そう思った。


「っ…はあ……はあ……っ!」


何を、なんて分からない。
でも、探さなくちゃいけない。
どこかに落とした、私の…─。


「美月姉ちゃんっっ!!!!」

「待ってよ!いきなりどうしたの!!??」


息を乱しながら、それでも懸命に後ろを追ってくる二人の子供達。
自分も彼らと同じように息が上がっているが、振り向く事はしなかった。
聞こえていない訳ではないのに、ただただ一心不乱に足を前に進めた。
どこに向かっているのかなんて分からない。
でも何故か走らなきゃいけない気がした。
見つけなきゃいけない気がした。
歩みを止めてしまえば、失くしたままにしてしまえば、自分の総てが壊れてしまう──そんな、気がした。


「……はあ、はあ……ぁっ」


先刻、突然険しい顔をして自分の傍を離れた監視役は二人の子妖怪に「コイツとここにいろ」とだけ命じて、屋敷の方に行ってしまった。
訳の分からないまま残された三人で最初の内は何かあったのだろうかと不思議に思っていたが、何時しか他愛のない話へと変わっていった。


「ねえねえ、美月姉ちゃん!またあの話してよ」

「、?あの話?」

「ほら、"サムライ"の話!」

「…………え?」

「面白ぇのに、姉ちゃん全然してくんねーんだもん」

「もう一回聞きたいよ!だってさすっごくカッコイイじゃん!」


盛り上がる二人の声が酷く遠くに聞こえる。
見開いた目には目の前の景色すら映らない。
"サムライ"
その単語を耳に入れた瞬間、まるでこの場所から切り離され、自分一人だけが全く別の世界にいる感覚に陥った。
背中に走る恐怖にも似た寒気。
それから逃れるように、それを振り切るように、本能が走れと告げる。
慌てた彼らの制止の声が聞こえても構わずに、その先に何を求めているのかも分からないまま、ただ走り続けた。


「ぁ………っはあ…」


森を抜けたそこは、物干し場の高台。
木々と煙に覆われた遠野の里で青空を拝められる数少ない場所。
速度を落として、ついに止まった足は膝がガクガクと笑っていて今にも崩れてしまいそう。
でも、そんな事すら気にならない。
目の前に広がる青は、朝自分が干した真っ白な肌襦袢によく映える。


「っ…はあ、はあ……一体、どうしたの……」

「ね、姉ちゃん……?…っはあ、」


「美月」

呼んでる。

「美月」

誰かが、呼んでる。
誰、だろう。


「っ…………」


声が音にならない。
青い、蒼い、空の向こう。
確かに誰かが自分の名前を呼んでいるのに、パクパクと酸素を求める金魚のようにしか口は動いてはくれない。
……ああ、何て──息苦しいんだろう。


「お前ら」


聞き慣れたテノール。
イタク兄ちゃん、と後ろで子供達がその声の主の名前を呼ぶ。
右から左に、耳を通り抜けていく彼らの会話はきっと今の状況を説明しているに違いない。

「天人ぉ?ハーハッハッ、それがどうした。関係ないだろそんなもん」

見上げた先にあるのは、どこまでも広がる空だけじゃなくて…─。

「簡単だ。ここに住みゃーいい」

くらりと眩暈がするのは、日傘を忘れたせいだけじゃなくて…─。

「今日から美月は俺の家族だ」

瞬きすらも忘れて見ていた空が突然遮られる。
後ろから伸びた腕と影をつくる番傘に、漸く現実に戻ってきた様な気がした。


「傘もささねーで何してんだバカ」


聞こえた声にほっとしたと同時に無性に寂しくなったのは、どうしてだろう。


「……イタクさん………」


振り返って見上げた彼の顔の輪郭を流れる汗。
探し回ってくれていたのかもしれない──そう考える余裕も、いつの間にか消えていた小さな二つの気配にも気付く暇もない程、自分でも驚く位いっぱいいっぱいだった。


「……わたし、……」


陽に当たりすぎてふらつく身体を支えてくれた腕に甘えながら、無言でこちらを見る金色の瞳を見つめ返す。


「何か、大切な事を忘れている気がします……」


告げた瞬間、悲しそうな傷付いたような顔をした彼に既視感を覚えた。



太陽を護りたかった


(きらきらと輝く大きな存在に)
(漠然とそう感じて、泣きたくなった)



「……お前に、客が来てる」

「わたし、に…?」


─そう言った貴方の方が泣きそうでした




end

あー…何か意味分かんないよー……

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