水色マシェリ
□海色
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毎晩、瞼を閉じれば同じ夢を見る。
太陽みたいなあの人を中心に、大好きな仲間が手を振っている夢。
駆け寄ろうとして、ふと後ろを向いたら、そこにいるのはいつも同じ。
悲しそうな傷付いたような顔して、小さく笑う、愛しい人。
─────
「(完全に寝不足です…)」
繰り返し見る同じ夢に虚無感と寂しさに苛まれ、ここ数日は中々眠りにつけないでいる。
日に日に濃くなっていく目の下の隈に溜息をついて、山のように洗濯物が積み上がった篭を運ぶ。
睡眠不足で鈍った思考回路。
そのせいで足元への注意力が散漫していた。
「ッ!!??ひぃぃぃぃ!!!???」
落ちていた黄色い皮はまるでドリフのコントのようなベタなネタ。
ツルンとマヌケな効果音の後、後ろへ傾いた体にきつく目をつむって、ゴンッと強い衝撃を頭に受けたまま意識を手放した。
─────
バナナの皮で転ぶとか馬鹿だろ、そういう割には心配で仕方ねーって顔してっけどなァイタク、淡島てめー適当な事言ってんな!、うるさいわよ二人共ッ美月が寝てるんだから静かにしてなさい。
覚醒しきってない、ぼんやりした意識の中そんな会話を聞いた。
声に反応して、緩やかに瞼を上げると一番最初に目に入ったのは彼のトレードマークとも言える赤いバンダナ。
「……イタク、さん…」
寝起きのせいで掠れた声が出たが、呼ばれた本人は気付いてこちらを振り向いた。
「起きたか」
「はい…ここは……?」
「女部屋だ。頭打ったんだが痛むか?」
そういえば思いきり頭から後ろに行ったんでしたっけ、とどこか他人事のように思いながらズキズキと痛む後頭部に、小さく頷く。
すると直ぐにイタクが優しく美月の頭を少し持ち上げ、新しい氷枕を用意してくれた。
「ありがとうございます…」
「……別に。俺が見てなかったせいでもあっかんな」
「イタクってホント美月には優しいよなー。よッ、大丈夫か?」
「美月、大丈夫?ごめんなさいね…あのバナナの皮土彦だったみたいなの。ちゃんと凍ら…叱っておいたから許してあげてね」
淡島、冷麗と順番に顔を覗かせたメンバーに美月は嬉しそうに微笑んだ。
台所組はこれから忙しくなる時間帯。
美月も起きた事だし、と腰を上げた冷麗に、まだ寝てるのよ、と言われたが自分の仕事もまだ終わっていないと体を起こそうとしたが、それはイタクに止められる。
「今、雨造と紫がやってる。後から礼言っとけ」
「ですが……」
「いいから寝てろ。お前、最近寝れてねーんだろ」
白い頬に添えられた男の手。
目の下に濃くついた隈をなぞるように親指がゆっくりと動く。
「何に悩んでんだか知らねーが、睡眠不足になる前に俺らに言え」
「……はい。でも何だか、頭軽くなった気がします」
「大して脳みそ入ってねかったんだから軽いのは元々だろ」
イタクからのいつもの悪態に、失敬です、と返して直ぐに襲ってきた睡魔に身を任せた。
視界を瞼で遮って、俺らの前でイチャつくなよなーとからかう淡島の声を聞きながら、一体何に悩んでいたのだろうかと沈みかける思考でそんな事を思った。
─────
翌朝、睡眠不足も解消してすっかり元気になった美月の姿にイタク達は安堵した。
頭を強か打ったが異状もなく、コブにもなっていないのは流石と言うべきか。
朝餉を終え、各々が自分に与えられた仕事に向かう時間。
美月の異変に最も早く気付いたのはイタクだった。
「オイ」
「?、どうされましたか?」
「これお前んだろ。大事なもんはちゃんと持っとけ」
ぽんと無造作に投げ出されていた黒い手帳。
置き忘れたと言うより落としたと言った具合のそれにイタクは「ったく…」と呟いて、皆の洗濯物を集める美月に手渡した。
いつも大切に持ち歩いている手帳の中にあるのは、元の世界にいる仲間の写真。
遠く離れていても、こんなにも想われている相手に嫉妬しないと言えば嘘になる。
それでも美月の大切なものには変わりない、とイタクは自分の手から離れた手帳に複雑な感情を抱いた、しかし…─。
「これ……私の、ですか?」
「……は?」
「以前もイタクさんに拾って頂いた気がするのですが、この手帳にいまいち見覚えがありません」
「お前、何言って……」
冗談は止めろ、そう言いたいのに言葉が出て来ないのは、見上げる水色の瞳に誰かを欺ける気が全く感じられないから。
そもそも彼女は嘘をつくのが苦手だし、今嘘をついた所で何もない。
イタクの背筋につーっと嫌な汗が伝う。
「写真に写ってんのがお前の世界にいるお前の仲間だろ」
「写真?世界?仲間…?イタクさん、何を仰ってるんですか?」
「─ッ!!??」
疑いが確信に変わった瞬間。
美月から、元の世界の記憶が消えている。
「あ、写真てこれの事ですか?」
手帳を開いて、写真を取り出すと美月は軽く目を見張った。
記憶のない今、そこには見知らぬ人達と一緒にいる自分がいるのだから無理もないか、とイタクは漠然と思った。
「……私?」
細い指が写真を滑る。
何かを確かめるように、ただゆっくりと。
「……知らないのに、懐かしい…それに……楽しそう…」
満面の笑みを浮かべる自分。
記憶にはない、黒い服を着た男達と楽しそうな時間に、呟いた台詞は自分でも驚く程悲しげだった。
どこか懐かしい人
(消えた時間にいる貴方は)
(一体誰ですか?)
─私の大切な人ですか?
end
定番記憶喪失ネタです!